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ジャスパーの心模様・2

 先月、医務室までエリックを案内してくれたのは、ジャスパーだった。


 エリックは「級長のジャスパー・グレイ君は、信頼できる男の子だね。リリーも仲良くしてもらうといいよ」と手放しの誉めようだったけれど、彼の優秀さは一目見てすぐに分かるほどらしい。


 「リリーの事をよくお願いしておいたから」なんて言ったのが気になりつつも、翌日「ご迷惑をおかけしました」と謝った。


 ジャスパーはなにか引っ掛かりのある様子ながらも「こちらこそ、過大な評価を頂きました」と言うだけで、リリーから何がどうとは聞けなくて、そのままになっている。


 それ以来、「エリックがそう言うなら大丈夫」とつい親しげにしてしまうけれど、ジャスパーの口調と距離感は変わらないので、クラスのなかでも悪目立ちはしていないと思う――たぶん。



「そういえば先ほど、ご家族が成績表を受け取りにいらしていましたね」


 ジャスパーが心得顔になった。

エリックのことだろう。それが何か? と目で問う。


「あなたが常よりくつろいだ雰囲気なので」


 自分では分からないけれど、浮かれた気分は顔にまでにじんでいるらしい。授業に集中しなくては、とリリーは気持ちを引き締めた。



「はぁい、注目。これから『長文を読む』体験をしてみましょうね。これは読まれる側より読む側が疲れるものなの。自分の事をすごぉくアピールしたいのは分かるけど、読まれる身体系さん達、手加減してあげてちょうだい」


オーツ先生の指示が飛ぶ。


「ひとつ教えてあげる。押しの強いばかりの男の子は嫌われるわよ。何事にも思いやりを持ってね」


 はい始めて。パンとオーツ先生の拍手が響く。それを合図に皆思い思いの姿勢をとる。



「どうしますか」

 したいようにどうぞ、とジャスパーが軽く腕を広げる。


 つかの間「膝に来い」と合図する坊ちゃまエドモンドを思い出し、リリーは喉が詰まるような心持ちになった。

 頭ひとつほども背が違うというのに。髪も目の色も何もかもが違うのに。



「先生、長文が思いつきません」

響いた声の主はスコット。


 場を把握するのが上手い彼は、オーツ先生と波長が合うようで、毎回軽妙なやりとりがある。


「何でもいいのよ。オススメのお店の紹介でも、好きな曲を一曲心のなかで歌うのでも。あとはそうねぇ、自己紹介をするのはどう? 『僕はこんな男の子です。将来有望です』って。本人の言うことなんだから、盛っちゃえば?」


そこで笑いがおきる。



「失礼します」とリリーはいつものように、ジャスパーの上着の胸ポケットに手をおいた。


 それだけで、彼が「何を話そうか」と思案していると分かる。


「ジャスパー様のお話しになりたい事をどうぞ」


 聞かれるより先に伝えれば、ジャスパーは深い知性を感じさせる瞳で頷いた。



――速い。このままでは読み飛ばす。

リリーはためらいなくジャスパーの首筋を空いていた手で触れた。


 それでもまだ間に合わない。情報量が多いというより理解が追いつかない。胸に当てていた手でジャスパーの手を取り、耳から頬を包むような形にし、その上から自分の手で押さえる。


 「女の子の頬に触れるのはどうなのだ」と考えたらしいジャスパーの心の揺らぎを感じ取るけれど、自分は「深く繋がる型」ではなく「広範囲接触型」なのだ。そこは諦めてもらうしかない。


 この速さの理由は、短時間で教えてくれようとするからか。それとも彼にとってはあまり気のすすまない内容で、つい急いでしまうせいか。


 読み取りきった、とリリーが感じた頃には、かつてない程の疲れを覚えていた。しびれるように目の奥が痛んだ。


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