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リリー・アイアゲートについての噂・1

 ジャスパーから見たエリック・ケインズは、4・5才年上の丁寧な物腰の男性だった。


 グレイと名乗れば思うところはありそうなものだが、ごく平静に受けて、侯爵の名を口にすることも世辞を言うこともなかった。


「今年から典礼部に勤めている」と自己紹介し、年下のジャスパーに対しても言葉遣いを崩さない。


 アイアゲートとは雰囲気がまるで違い兄妹ではないようだけれど、心から案じていると伝わってきた。


 職員室へも案内すると申し出たものの、級長といえどもやり過ぎかと考えるところに、医務室からエリック・ケインズが出てきた。



 少しあたりを見回し「長くお待たせして、すみません」と謝りながら、感じのよい微笑を浮かべた。


「いえ、職員室へご案内します」

待つというほどでもない。軽く一礼しジャスパーは先に立った。


 医務室は他から少し離れており、行き交う生徒もない。しばらく進むと、後ろから話しかけられた。


「学校でのリリーは、どんな様子でしょう。友人などもできていますか」


「はい、クラス内ではカミラ・シーゲルと共にいることが多いです」


 具体的である方が安心できるだろうと、ジャスパーはカミラの名を出した。


「シーゲルさんでしたら、お父様に入学式の折にご挨拶を致しました」


 エリックの返事で会話が途切れる。

次に切り出したのもまたエリックだった。


「妙な事を聞くようですが、リリーのことでお耳に入っている噂などは、ありませんか」


 唐突な質問だったが、ジャスパーには思い当たるふしがあった。



 いつだったか。平民の男子が数人集まり、密かに共有する秘密として持ち出していたのが「リリー・アイアゲートは昔、花売りをしていた」だった。


 離れて席を取っていたジャスパーの耳にまで届いたのだから、完全に秘匿するつもりはないのだろう。「ここだけの話」として裏で回される噂話の類いだ。


 付随したのは「花売りは身体も売る」という発言。ジャスパーには「花売り」という言葉からして初耳だったが、「馬鹿馬鹿しい」と腹のうちで一笑に付した。


 現在十五才の「昔」が何歳をさすのかは知らないが、年齢的にも無理がある。そもそも子女を学院へ通わせようという家が、そこまで困窮しているはずもない。



 そして体術で組んで感じるが、アイアゲートは毎回緊張している。


 本人に尋ねたところ「ジャスパー様がどうという訳ではなく、どちらかと言えばジャスパー様は大丈夫なほうで、筋骨隆々とした方や太めの方が苦手に感じます」と、こっそりと話した。


「弱点を晒したくないので、言わないで」との頼みは当然の事として受け止めた。



 これで身体を売っていたなどとは、信じがたい。大きく譲ってアイアゲートが花売り娘だったとしても、それならば「花売りは身体も売る」という考えが誤りだと思われた。


 今、リリー・アイアゲートの保護者に問われるまで、思い出しもしなかった話だ。


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