エリックとロビン・3
黙ってクマの手を握り上下に振るリリーが何を思うのか、エリックには分からないが、安心にはつながるはずだ。
「夜、よく眠れていないの?」
「頭のなかがザワザワするから、ベッドじゃなくてドアの前で寝ていたの。開いたらぶつかってすぐ分かるように」
つまり床に寝ていた、と。エリックは絶句した。
寮は男女が同じ建物を分けて使用している。
最上階は侯爵家の子弟と女子生徒にあてられ、一階に共有部分と男女別の食堂、浴室などがある。
個室に鍵はあっても、ピン一本で開く程度のもの。
それが心配で眠れないのだろうかと、エリックは顔を曇らせた。
「男の子が心配とかじゃないの。意地悪は女の子にだっている。それに何にイヤな気持ちがするのか、自分でも分からないの。慣れない場所で過敏になってるだけかも」
本心を語っていると、顔つきから判断したエリックに、リリーがふわっと笑って続ける。
「エリックが来てくれて、気分も変わったから、もう大丈夫みたい。来月しか会えないと思ってたのに」
来月には入学してから初めての試験があり、結果は保護者へと渡される。受け取る為に来る約束は、先にしてあった。
「今日は一緒に寝る? 話したいことがたくさんあるから、毎日まとめてたの。渡そうと思って」
リリーの期待に満ちた眼差しを受け、エリックはまた言葉に詰まった。
リリーには特殊な能力がある。口で説明しなくても、伝えたい事を相手に直接落とし込む力だ。
それは大公家しか使えない、使わない秘中の秘であるのに、日常的にエドモンド殿下から知識を落とし込まれているうちに、教えられてもいない術を身に付けてしまったらしい。
何の前触れもなくリリーがその能力を使って見せた時には、さすがの殿下も驚きに一瞬言葉を失ったという。
リリーが身に付けてしまった今となっては、「大公家以外が使っていいのか」という質問自体を禁ずる、と父には言われた。
にもかかわらず、長くなるおしゃべりをその力で済ませようとするリリー。なんという異能の無駄遣い。
「そんなこと言って、甘えたいだけなんじゃない? リリー」
えへへとも、うふふとも聞こえる声でリリーが笑う。図星だったのだろう。
母親からの愛情の薄さを埋めるべく、エドモンド殿下があえて幼子のようにリリーを扱った、と父は言うが、リリーが可愛いから猫可愛がりしただけではないか、とエリックはにらんでいる。
父だって、リリーがぺたりとくっつくと、信じられないほど笑み崩れるとエリックは知っている。息子の目からみても「誰、これ」と思うくらいだ。
母をなくし、殿下と父にも会わなくなったリリーは、ひとりで頑張っているけれど、時々能力を使わなくてもいいところで使ってくる。
ただの殿下のご趣味ではないかと疑っているが、リリーが能力を使う時には、相手にくっつく。
触れる面積が広くなればなるほど、早く正確に伝えられるという。
術を口実にして甘えたいのかもしれないと思えば、エリックは断る気にはならなかった。話を聞くより術で落とされた方が記憶に定着するのは事実であるのだし。
「さすがにリリーの部屋には泊まりにくいから、ここへ泊まろうか」
医務室ならベッドはふたつある。リリーの気が済んだら隣のベッドに寝ればいい。
学院へは入学が決まってから、それ相応の寄付をしてある。少しくらいの融通はきくだろうとエリックは確信していた。
「一応、学校側の許可を取ってくるから、少し待ってて」
エリックの言葉に、リリーは花がほころぶような笑みを見せた。
「わかった」とロビンの手を持ち、「早く帰って来てね」などと振る。
「すぐに戻るから、おとなしくしてて。リリー」
すっかり話し込んでしまったけれど、まだジャスパーは廊下で待ってくれているだろうか、と危ぶみながら、エリックはリリーに背を向けた。




