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エリックとロビン・2

「寮生活が心細いんじゃないかと思って、連れてきたよ」

「エリック、ロビン」


 リリーの膝の上にあるのは、黒い上着を着た熊のぬいぐるみだった。


 リリーがロビンの両手を握り「わぁい」という風に軽く振る。


「こんなに可愛いのに、名前が惜しいよね」


 ロビンはロバートの愛称のひとつだ。ちなみにエドモンド殿下の家令であるエリックの父の名はロバート。


 手近な椅子を手繰り寄せて座るエリックに、リリーが心外だという目付きをした。


「ロビンはいい名前よ。いつも私を助けてくれるお名前だもの」


 リリーの笑みを受けて、そんな風に綺麗に笑わないでと思っても、エリックは口には出さない。



 ここに来るまでに級友のジャスパーから聞いていた。体術の授業で触れたリリーの体が熱いと感じて医務室へ行くよう勧めたところ、勉強が遅れるからとリリーが渋ったのだと。


 休んでいる間のノートは取っておくと約束して、ようやく医務室まで連れてきたと、ジャスパーは言った。


「毎日、覚えることばかりで、疲れが出たのだと思います」


 ジャスパーの大人びた話しぶりは、リリーの同級生ではなく自分と同じくらいの年齢ではないか、とエリックに思わせるほどだった。



「熱が出たんだって? 今は下がってる?」

「少し寝たら下がったわ。知恵熱だと思うの」


 真顔でリリーが口にする。

いや、知恵熱というのはほんの小さな子供に使う言葉で。内心では反論したものの、エリックは別のことを口にした。


「勉強が大変?」


 リリーが顔を少し上向けた。思い返す時の癖だ。いつもより顔色が白いようにエリックには感じられた。顔を戻すと同時に口を開く。


「お勉強は、今のところ大丈夫。それより、少しざわざわする感じがあって、うまく眠れなかったせいかもしれない」


自分でも確信の持てない様子で理由を語る。


 このぬいぐるみを届けるように指示したのは父ロバートだ。こうなることを予測していたかのように、書き置かれた指示書は細かかった。


 実は父は国外へなど行っておらずこの学院に、しかも寮に勤めているのではないか。という疑惑がエリックの頭をかすめる。そんなはずがないとは百も承知だが。



「ロビン……、しばらく会わない内に変わった?」


 エリックがよそ事を考えている間ロビンを撫でまわしていたらしいリリーが、ロビンの上着をめくろうとする。


「駄目だよ、リリー。見ない方がいい。前はお腹に軽石が入っていたけど、今や腹に一物(いちもつ)を抱える腹黒い執事になったんだ」

「ええっ!?」


 わざと真剣な顔つきでエリックが言うと、ピタリと指を止めたリリーが「目も違わない?」とさらに指摘する。


 素材は変えたけれど、同じ位置についているはずなのに、どうして差異が知れるのだろう。

 父の言うように、持たない自分や父には全く分からない何かを、リリーは敏感に感じとるのだ。



エリックは早々に種明かしをすることにした。


「ロビンはただの執事じゃなくて、武闘派執事になったんだ」


 何を言い出すのかと疑り深い目をするリリーに、エリックは自身でも半信半疑ながらも、真実めいた口調で続ける。


「悪意を持つ人が部屋に近づくと、この熊がリリーに知らせる。ぐっすり寝ていても飛び起きるくらいに。だから安心して」


「それはお腹のほうね。目は?」


 あっさりと受け止めるリリーに、逆にエリックの方が面食らった。


「この熊が持っていかれないように自衛してる。熊に手出しをしようとすると、この黒い目が怖くて堪らなくなるらしい」


「信じられない。こんなに可愛いのに」とロビンと目を合わせるリリーには申し訳ないが、悪意を持った者には「くだらない冗談を口にし言った本人ひとりでウケている人、を見るエドモンド殿下の眼」くらい怖く感じられるらしい。


 この知識も父からの受け売りだ。エドモンド殿下のそんな恐ろしい目をリリーが見ることはないと思うが、出来れば自分も遭遇したくないものだ、とエリックは密かに思った。


 その辺りの説明は省くことにして、厳かな口調で伝える。


「つまりリリーと離れている間に、ロビンも成長したんだ」


たった二ヶ月で。


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