新入生のゲーム・2
そうでした、私もゲーム中なのでした。リリーは我に返った。
ジャスパーの視線を受け止め、瞳を見つめてふたつ数える。数えかたが早すぎたかもと倍にして、ゆっくりと口角を上げた。
この二日、男子には目を逸らされてばかりで、ジャスパーもそうだろうと思えば少し可笑しくなる。
「今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
挨拶して待つ。予想と違い、視線はリリーに定められたまま、外れもしなければ揺れもしない。
始めてのケースで正しい対応がわからない。マナーとしてはどうなのだろう、貴族様より先に平民から目を逸らしていいものなのか。
男性対女性とするならば、どちらが先に視線を外すべきなのか。そして、外した視線はどこへ向けるのが自然なのか。考えるほどに動けなくなりリリーのほうが困惑した。
仕方なく黒い瞳に集中するうちに、真っ黒ではなく左右でも少し濃淡があることに気がつき、つい口にした。
「ジャスパー様の眼は、真っ黒ではないのですね。黒と深みのある茶色が混ざったような色合い」
「――それを言われたのは、ずいぶんと久しぶりの事になりますが。黒曜石の黒ではなく、オニキスの黒と言えば分かりやすいでしょうか」
少しも表情を変えずにされた説明は、リリーには正直なところ全くわからない。返答をしないままでいると。
「あなたの瞳は、猫目金緑石のようですね。角度によって白く光の筋が入る。ほら」
ジャスパーの右手がリリーに伸びて、左上を向くように顎を固定した。
教室中から息をのむ気配がする。小さく悲鳴が聞こえた気がするのは空耳か。
「『ほら』とおっしゃっても、自分では見えません」
横目で指摘するリリーに、ジャスパーが続ける。
「猫目金緑石を見たことは、ありますか」
「いいえ」
どの程度一般的なものかは知らないが、リリーは初めて耳にする石の名だ。
「価値があるとされるのは緑がかった金色の石で、ちょうど猫の目のように光が一筋入るものですが、あなたの瞳のような灰緑色も私は綺麗だと思います」
地味な色合いの瞳を誉めてくれる人は多くない。その数少ないひとりがジャスパーだったようだ。
ジャスパーはまだ瞳にあるらしい光の筋を眺めていて、長い指を顎から離そうとしない。
「胸がドキドキするようなシーンでいいはずなのに、緊張感が漂うのはどうしてなのかしら」
カミラが感想を述べつつ「そろそろ先生が来る頃よ」と教えるのに合わせて、「失敬」とジャスパーの指が引かれた。
とんでもない。リリーは首を横に振った。先に自分が言い出したのだ。
「機会があれば、猫目石をお見せします」
紳士らしく教室でも椅子をひいてくれようとするジャスパーに、小さな動きで「自分でします」と断りを入れつつリリーは思案した。
自分の目に似ているという石に興味はあるが、恐れ多いと辞退すべきか。いや「機会があれば」と前置きが入っている。社交辞令というものなら、真に受けるのは愚かな振る舞いだ。
「楽しみにしております」
笑みを添えて、無難と思われる返事をする。
ちょうど教師も入室し、浮わついた空気もすっと戻った。
本を開きながらチラリと隣をみれば、いつもと同じ涼しげな顔のジャスパーがいる。
やはり緑色リボンのグループは好感度が上がりにくいのだ、と再認識してリリーは教壇に目を向けた。




