新入生のゲーム・1
「おはよう、アイア。ハグしてもいい?」
「もちろん」
体を寄せて軽く抱く挨拶をしたカミラを、リリーは見つめてからにっこりした。
すぐにカミラから「どうかしら」と聞かれて、「分かりやすく好感度が上がるわ」と返す。
リリーの率直な感想に、カミラがクスクス笑いをもらした。
「それは来週の発表で使わせてもらいたい感想ね。アイアも、いいわよ。その時じゃなくて、あとからじんわり来る感じよ」
「分かりにくいの。自分では」
リリーは不満を伝えようと、唇を尖らせた。
カミラの衿には小さなピンで赤いリボンの切れ端がとめられている。
二日前の学年活動の時間に始まったゲーム実施中の印だ。
このゲームは新入生恒例の「挨拶ゲーム」で、早く学院での生活に慣れ人間関係を円滑にするための方法であるらしい。
赤いリボンは「挨拶にはハグをするグループ」の印。リリーの緑のリボンは「目が合った人を二秒より長く見つめてから笑顔を作るグループ」だ。
カミラのグループは、おおむね良好な反応が返ってきているが、リリーの指示された行動では好感触とは思えない。
見つめるまではよくても、リリーが「にっこり」とすると、相手はまじまじと見返してから目をそらす。特に男子はそこまで嫌わなくても、と思うほどだ。
カミラが「後からじわじわと印象が良くなる」と言ってくれても、正直慰められているとしか思えない。
「おはよう、今日も仲がいいね。カミラ、アイア」
この授業では隣席となるジャスパーの襟には、青いリボンがある。「相手を愛称で呼び、親しげに話すグループ」だ。
普段は「あなた」呼びで、誰に対しても丁寧な言葉遣いのジャスパーも、きっちりと課題をこなすようにゲームに参加していた。
そんな彼の青リボングループも、好感度を着実に上げているように見える。
優秀過ぎて近寄り難い雰囲気の男子が、気さくに――多少でも――なったのだから、カミラに言わせれば「好感度は急上昇、天井知らずよ」だ。
ゲームポイントを稼ぐべくカミラがすかさず行動をおこす。
「おはようございます。ジャスパー様」
言いながら、手を差し出した。
その手から襟元へと目を移したジャスパーは、流れるような動きでカミラの手を取り軽く持ち上げると、唇をあてる仕草をした。
男女間でも挨拶としての抱擁はおかしくないが、慣れないとなかなかに勇気が必要だ。
抱擁のかわりに握手を求めたカミラに、意図を正しく理解したジャスパーは淑女に対する正式な挨拶で応えた。
洗練された所作に、こっそりと注目していた生徒達からため息がもれた。女子からは隠しきれない羨望が伝わる。
リリーも間近での見慣れない貴族的なやりとりに、目を奪われた。
カミラの頬がこころなしか赤い。そう思っていると、ジャスパーが何かをうながすようにリリーを見た。




