個性的な教師による授業・3
オーツ先生の声が響く。
「いい? 初めてなのよ。イメージする側、身体系さんの協力が必要よ。相手に渡すつもりでお花を思い浮かべるの。お花の名前じゃなくて形がいいわ。そして色もつけて具体的にね」
先生の指示に合わせて、ジャスパーの花が変化していく。文字から花の形へ、そこから着色まで。
これ程はっきりと変化がとらえられるのは、自分の力だけではなく、ジャスパーの思考の確かさと協力的な姿勢が大きいとリリーは考えた。
「私のイメージは、形になっていますか」
「はい、お気遣いありがとうございます。朱赤の百合ですね」
花売りをしていたから知っているけれど、好きな花のある男性はまずいない。男性が買うのは、受け取る女の人の好みの花だ。
今もジャスパーの好きな花ではなく、おそらく名前にちなんで百合、髪色にからめての朱赤。
その気遣いに対しての礼を口にすると、ジャスパーは微かに驚きを見せた。
なにか? とリリーも目で問う。
「いえ、他の方より後から始めたにもかかわらず、迅速かつ正確だと思いまして」
小声なのはオーツ先生の耳に入らないようにという配慮だろう。
これでもやり過ぎだったのか。リリーは加減の難しさを実感した。
「身体系さん達、読まれた時にどんな感じがしたかしらぁ? 『ちょっと不快だな』とか『抜かれる』って感じたヒト。敏感に察知する力があるか、今日のお相手と波長が合わないか、よ」
教室がざわざわとする。
「何も感じなかった人、いるかしら? あなた鈍いわ。感じる訓練から始めなくちゃ」
しおれた感じの笑い声があがるのは、該当者がいる辺りだろう。
「そして『心地いい』とか『このままもっと』と思ったカレ、ちょっと注意してね。波長が合うっていうだけなら、気の合う相手って事だけれど。もし精神系に関与されるのが好きな身体系さんだとしたら、自覚が必要よ」
ジャスパーの胸ポケットに手を添えているせいで、彼が「心地よい」に当てはまるのだと、リリーには分かった。
そしてオーツ先生の解説にほんの少し動揺したことも伝わってきた。
「どちらにしても、一度で分かるものじゃないの。次は違う人と組んで比べるのも手よ」
理解した雰囲気が教室に広がるなかで、リリーはジャスパーの横顔に問いかけた。
「ジャスパー様は、大公家とご縁続きですか」
教壇へ向けていた顔がリリーへと向く。ジャスパーの表情は動かず、そこから考えは読めない。
指先から考えを読むのは、意図的にやめている。
ジャスパーは壊れ物に触れるかのような手つきでリリーの指を胸からはずすと、体の脇まで戻した。
どうしてそんな質問を、とは問わなかった。
「当家を含め侯爵家、一部の伯爵家は、多少なりとも大公家と繋がりがあります」
嫁いだり、降嫁したり。血縁はそれなりにあるのだろう。
坊ちゃまエドモンドには「興味を持たれて面倒な事になる。ミルクティー色の髪と金茶の目をした男には絶対に近寄るな」と、厳命されている。
波長が合うと聞いて、黒髪黒目のジャスパーにまで不安を感じたけれど、大公家とさほど近くないのなら大丈夫だと気が楽になる。
「今日はここまでのようですね」
ジャスパーが言うように、オーツ先生は授業のまとめに入っていた。
「次もペアを組んでいただけますか」
それはリリーにとっても願ってもない申し出だ。相手が見つかるだろうかとドキドキしなくても済む。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるリリーにカミラの声が聞こえた。上段の席を見る。
「アイア、戻って来て」とカミラが手をふっていた。




