伯爵令嬢レイチェル・マクドウェル1
ご令嬢の持つ、華やかなそこに現れただけで辺りが明るさを増すような存在感。
こういったものは生まれながらにして備わっているもので、後から身に付くものではないのだというのは、学院に入ってリリーが知ったことのひとつだ。
学院には制服はなく、上着は灰色、ネクタイは紺色、下は男子女子共にこれも紺色と色の指定があるだけだ。
土埃は洗ってもなかなか落ちにくい。というわけでスカートの裾を引きずりたくないリリーは、地面から少し浮く丈にしている。靴と時によっては靴下も見えるかもしれないが、気にならない。
一方、貴族のご令嬢方は地面スレスレのしっかりと靴の爪先まで隠す長さだ。
スカート丈を見るだけで階級が知れるのもまた学院の特徴だった。
回廊を歩いていたリリーはカミラの腕を引いて物陰へと隠れた。
「な、なに? 急に」
訳がわからないと目を白黒させながらも大して抵抗することもなく、リリーに倣ってカミラも背中を壁にペッタリとつけた。二人揃って息を殺す。
隠れているのとは逆方向へと、美しい三人の少女が楽しげに話しながら曲がって行く。
頃合いをみて、「もう大丈夫」とつかんでいた腕を解放したリリーに、カミラが不思議そうに確かめる。
「今のお三方は、お隣のクラスのマクドウェル様とご友人でしょう?」
レイチェル・マクドウェルは、女生徒のうちで最も身分が高い伯爵令嬢だ。たっぷりとした金髪を横は手の込んだ形に編み込み、背中におろした分はいつも綺麗に巻いている。
自分ではできない髪型からもご令嬢感があふれる。などと寮生活のリリーなどは思う。
マクドウェル家のご令嬢ならば家庭教師について学びそうなものなのに、わざわざ通学しているのは、侯爵グレイ家との繋がりを求めてだ、と生徒間ではもっぱら噂されていた。
「でも、どうして隠れたりするの?」
カミラが当然の疑問を口にした。
放課後で急ぐこともない。リリーはここで立ち話をすることにした。
「学校に入ってすぐ。まだお名前も知らない時に、スカート丈のご注意を受けたの」
「なんて?」
「丈が下品だって」
絶句するカミラにリリーは続けた。
「仕方がないわ、もともと上品じゃないんだもの。これでも長すぎると思っているくらいなのに」
それにこの丈はリリーだけではない。準爵家も含めれば女子の半数は平民で、皆リリーと同じかそれより短い者もいる。
「で、アイアはなんとお答えしたの?」
「長いのは丈をつめられるけれど、短いのはのばせない。替わりのスカートはないです、すみませんって」
ほんの少しなら裾をほどいてまつり直せば出せなくはないけれど、大して長くもならない。
「マクドウェル様はなんて?」
「マクドウェル様は睨むだけだったけど、お友達が『レイチェル様に言い返すなんて』って、すごく怒ったわ」
そうでしょうね、とカミラが頭痛をこらえるように、額に手を当てた。
「その一週間くらい後に、またばったりお会いしたの」
何か言いかけてそのまま口を閉じたカミラに、リリーはその時の状況を説明し始めた。




