男の子の授業・1
選択科目のひとつである体術。
リリーが指定された教室に着くと、いたのは男子生徒ばかりだった。
既にいた教師からは、顔にこそ出されなかったものの驚きが伝わった。生徒にいたってはあからさまに驚いている。
女の子は選択不可だっただろうか。リリーは科目紹介の用紙を頭に思い浮かべた。通常の運動が医師の指示により禁じられている生徒以外は、特記事項はなかったはずだ。
「リリー・アイアゲートです。よろしくお願いします。体術のクラスはこちらですか」
入室しづらい雰囲気を、体術の授業を受けに来たのだと主張しつつ挨拶で破ろうと試みる。
「はい、こちらです」
言いながら入り口へと歩み寄る教師に、リリーは軽く頭を下げた。
「女子の希望者は毎年ないものですから、少し驚いてしまって」
先にお伝えしなければ、と教師が切り出した。
「まず体術は組み合う事が多いものです。女子がひとりという事は、必然的に男子と組むこととなります」
リリーは黙ってうなずいた。
「当然、通常触れてはならない部分に触れたり、全身で押え込むこともあります」
話すのを止めて、リリーの顔をじっと見る。
つまりは女子には向かない、もしくは女の子がいると授業をしにくいので辞退して欲しい、ということだろう。
リリーは察しの悪いほうではない。自分以外は男子ばかりだと見てとった時に予測はついた。
今、説明の間も授業時間は削られている。これ以上はワガママか。リリーがそう諦めたところに声がした。
「でしたら僕が彼女と組みます」
振り返る教師と共にリリーも声の主を見る。
そこにはいつものように端然と立つジャスパー・グレイがいた。
「しかしそれでは君の成績が――」
教師が先を言いよどむ。
出来ないリリーと組めば、どうしたって足を引っ張られる。優秀だと既に知れ渡っている彼の成績を落としたくないのは、教師の本音だろう。
組む相手の成績にまで考えが及ばなかったけれど、迷惑をかけてまで無理を通そうとは思わない。
「ありがとうございます。ですが、ご迷惑をおかけしてまで受けようとは思いませんので」
少しの落胆を隠して礼を述べれば、リリーが断ることを知っていたかのように、ジャスパーが返した。
「いえ、ご心配には及びません。体術そのものは家庭教師につき習得済みです。学んだ折に教師ひとり生徒ひとりの形でしたので、大人数での訓練を体験したいと考え履修を決めました」
学校に入るまでの教育を、家庭教師に任せるのは貴族では当たり前のこと。通常の勉強から音楽教育をはじめとする文化的な教養まで、裕福であればあるほど多岐に渡る教育を受けさせる。
きっとそのなかにはリリーの全く知らないものも含まれるのだと思われる。
ジャスパーが話し出せば、リリーだけでなく教師までもが、真剣に耳を傾けていた。




