家令の息子、花を買う・2
エリックはリリーを見つけるのが、上手くなった。小さくて大人の間で見つけにくくても、目につく。
天気や曜日、ともすれば行事によっても花を売る場所は移動している。基本の辻角はあるものの一日中そこにいる訳じゃない。
今日は学校の課外授業で郊外へと出た。自由解散だったので、エリックは友人二人と共に歩いて帰る途中、リリーを見かけた。
この後は友達の家に遊びに行くことになっているし、今日は雨じゃない。それにリリーと話すところを友達に見られるのはちょっと気恥ずかしい。
買わずに行こうと思いながら、リリーがこちらに気づいたかもしれないと道向こうに目をやった。
リリーは父ロバートと同じ位の年令の紳士と話している。篭を覗くためか二人の距離は近く、紳士の手がリリーの腰より下に回っている事が気になった。
親しいのだろうか。リリーの顔を見ると、離れていてもわかる「キレイな笑顔」だった。
「行かなくちゃ」友達に断って走って道を渡る。
「リリー」遠くから呼んだ。同時に紳士もちらりと視線を寄越す。
「エリック。いつもありがとう。今帰りなの?」
リリーはまだキレイな笑顔のままだ。
「うん。ちょうど君が見えたから」
紳士の手には花があって、もう片方の手はリリーから離れた。もう用は済んだはずだ。
「ありがとう、おじさま。よい一日を」
「ああ、またな」
紳士はリリーの首筋から頬、耳までを撫で上げると去って行った。後ろ姿を見送ってリリーが大きく息を吐く。
「大丈夫? リリー」
「ありがとう」
上げた顔はいつものリリーで、キレイな笑顔は消えていた。父にもらったチーフを差し出す。
「なぁに?」
「拭きたいかと思って。顔」
リリーは一瞬目を見開いてから、キレイな笑顔になった。
「汚れていないもの。大丈夫。しまって」
エリックは無言でリリーの耳にチーフを押し当てた。ぐいぐいと頬から首まで拭う。
「くすぐったいってば。エリック」
リリーが小さく声を上げて笑う。そのことに、ほっとする。エリックはチーフをそのままポケットに戻してお金を出した。
「花をもらって行くよ」
「でもお友達と一緒でしょう」
やっぱり先にリリーが気がついていたんだ。視線の先を見ると、友人二人が様子をうかがいながら待っていた。少し考える。
「これから家に遊びに行くから、そこのお母様に差し上げるよ」
それならとリリーが、蕾のいくつかある淡い色合いの花を選んでくれた。「長く楽しんでもらえるから」と。
友人の所へ戻ると二人が手を振っている。道向こうのリリーを振り返ると、彼らにむけてリリーが手を振っていた。そんな事しなくていいのに。
帰宅して一部始終を父に話す。
「あのキレイな笑顔は何?」疑問をそのまま口にした。
「お嬢さんは困っている時に一番綺麗な笑みを浮かべるんですよ」
その会話はそこで終わった。
何と言っていいのかわからなかったから。




