アイアゲート家の誉れ
合格発表にはアイアゲートの父とエリックが連れだって出掛けた。
校舎外の掲示板にリリーの番号があるのを見て、父は人目もはばからず男泣きしたらしい。
家を出る時には「合格しているのは分かっているから、確認に行くだけだ」と余裕たっぷりだったのに。
朝からパンを焦がしたりハサミを落としたりと、普段しない失敗ばかりをするアイアゲートの母と比べれば、自分のほうがまだ落ち着いていると思いながら、リリーは父の帰りを待った。
花束とお菓子を抱えて戻る二人を見れば、結果が良かったのは一目瞭然。リリーにこみ上げたのは嬉しさより安堵感だった。
抱き合って喜ぶ父母を横目に「おめでとう」とエリックがリリーを祝福する。
「ありがとう」
エリックのおかげでここまで来られたとか、こんなにしてもらったお礼を言いたいのに、言葉にならない。
「泣かないで、リリー」
焦った様子でエリックがポケットに手を入れるのは、ハンカチを探しているのだろう。
「泣いてない」
「まだね。それ、泣く前の顔だよ。ずっと泣いてなかったから油断してた」
パタパタしながらハンカチを取り出して、ぎゅっと目元に押し付けてくる。
「たから、泣いてないってば、エリック」
抗議すると「ウソつき」と返された。
「良かったね、リリー。本当に」
口にするエリックの目が潤んでいるから、つられてしまうのだと思うのに、先に泣いた事にされてしまっている。
「――父さんに、教えてもいい?」
遠慮がちに聞かれてリリーは頷いた。
ロバートおじ様や坊ちゃまにお世話になったから、今日がある。会うことは叶わないけれど、エリックから伝えてもらうくらいは許されると思いたい。
「何か伝えたいことがあれば……」
リリーは黙って首を横に振った。そこに母が割って入った。
「さあ、ごちそうにしましょう。エリック君もゆっくりしていけるのでしょう?」
「いえ、僕は」と断るところを「入学式には是非とも一緒に父兄として参列しよう」と上機嫌な父に肩を組まれる。
「うちの娘もよくやったけれど、エリック君なしではこの快挙は、なし得なかったからね。今日は祝い酒といこうじゃないか。なに酔ったら泊まっていけばいい」
さらに押されて、つい「はい」と答えてしまったエリックは、今日はきっと帰してもらえない。
男二人の後ろからこっそりと母が言う。
「にぎやかでごめんなさいね。でも本当に嬉しいのよ、あのひと。歳をとらないと分からないと思うけれど、頑張っている子の夢を叶えるお手伝いが出来て、努力が実を結ぶのをすぐ側で見られるっていうのは、本当に楽しく嬉しいことなの」
申し訳なさそうに、でも幸せそうに母がリリーに語る。
「あなたみたいに優秀な子をお預けいただけたことも、アイアゲート家にとってはこの上ない誉れなの。だから大人のばか騒ぎを今日は大目にみてね」
ふっくらとした頬をさらに緩ませる母に、リリーも笑みを返した。
「こんなに喜んでもらえて私も嬉しいです。ありがとう、お母さん」
母がコロコロと笑う。
「女の子って本当にいいわ。うちの子はどこの子よりも可愛いわ」
実の母には言われたことがないのに。
心の隅から闇色の何かがじわりと広がりそうになるのを押し返しながら、リリーもこの上なく幸せそうに微笑んでみせた。




