花売り娘の進路相談・2
テーブルに置かれた帳面は、見慣れたものだった。毎日のように立ち寄るエリックが、「話すだけではリリーも退屈だろうから」と、学校で習ったことを教えてくれ書き写したものだ。
「これを先様にお見せしたところ、十三でここまで出来るなら二年あれば問題ない、と喜ばれた」
少し貸して欲しいと言われて、何の気なしに貸した帳面が、まさかそんなことに使われていたとは。
「学院は、十五からですか」
「十五・六歳で入学する子が多いね」
リリーが興味を示したと感じたらしく、語り口が熱心さを帯びる。
「アイアゲートさんは『すぐにでも引き取り勉強や生活に必要な支援をしたい』とおっしゃって下さっている。願ってもない話だと思うが」
たしかに願ってもないお話だけど。
リリーは戸惑いを隠しながら笑みを浮かべた。
「それで、リリーを迷わせる理由は何? 僕が聞く分にはとてもいいお話に思えるけど」
いつものように夕方に顔を出したエリックが、救護院に寄せられた寄付金を数えるリリーを手伝いながら問いかけた。
前にいた救護院よりずっと家に近くなったからと、休みの日に近くを案内してくれたりする。今のリリーにとってエリックは、なくてはならない存在だ。
「いいお話すぎて……裏がありそうじゃない?」
鼻に皺を寄せて疑わしげにするリリーが可笑しかったらしく、エリックが吹き出した。
ひとしきり笑ってから、話し出す。
「裏って……。僕が思うに、アイアゲートさんちは、きっとリリーが三代目なんだよ。三代続けて学院入学者を出したおうちは公国から表彰されるんだ。アイアゲートさんは準爵位をお持ちだって言ったよね。すごく名誉な事で、三代を目指す人は多いよ」
硬貨を種類別に分けながら、知らなかったことを教えてくれる。
「へえ、そうなの」
「あと、女の子は入学希望者が少ないから、男子より多少合格しやすいって噂もある」
「ふうん」
「入りやすいと言うなら学生寮だ。女子寮はいつも空きがあるから、入学したらアイアゲートさんちを出て寮に入ればいいよ」
「他の学校のことなのに詳しいのね、エリック」
手を止めてにっこりと笑ったエリックの顔は、おじ様ロバートに似ていた。
「僕には異能がないから別の学校にしたけど、学院もいいかなと思ってもいたから。異能持ちな時点で入学に有利なリリーがうらやましいよ」
エリックにそこまで言われればリリーも心が動く。
あまりにも良いお話で構えてしまったけど、どうせ行くあてのない身だ。
エリックがここまで勧めてくれるなら、悪いお話じゃない。それに自分でもイヤな感じはしない。
「まずはアイアゲートさんに会ってみたら? 一緒に暮らすんだから『違う』と思ったら無理な話だし、あちらがリリーじゃ駄目だと思うかもしれない」
本当にそうだ。自分がよければお受けできる気になっていたけど、引き取ってもらうのはこちらの方だったと気がつく。
「そうする」と返したリリーに、エリックはどこか安堵した様子になると、「さあ、こっちも片付けてしまおう」と硬貨を十枚ずつ積み上げていった。




