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貴公子は微笑を浮かべる

 ロバートの報告を聞き終えたエドモンドは、清々しささえ感じさせる微笑を浮かべた。


 リリーが怪我を負ったというのに奇妙な事だとロバートには思える。


「私の機嫌がいいのが解せないか、ロバート」


 こういう場合、主を誤魔化すのは難しいと知っている。ロバートは小さく頷いた。


「ずいぶん都合よく運んだものだ。リリーを襲わせたのはお前ではないのだろう?」


 当然だ。そんな事はたとえ指示されてもしかねる。答える前にエドモンドがさらに問う。


「では、火は」



 火は隣室の男だ。ちょうど在室した彼が頃合いをみて介入した時には、男客がリリーの母をナイフで刺した後だった。


 リリーの母は割れた瓶で応戦したらしく、男の首からは多量の出血が見られた。二人ともに長くはもたないと思われた。


 それならば今カタをつけてもいい。ロバートの手配した隣室の男は、手早に騒ぎを大きく見せ、ロウソクの火に自室から運んだランプの油をかけた。


 これで「煙にまかれて逃げ遅れた」図ができる。自警団が調べに来るとしても、明日だ。そこは何とでも言いくるめる事ができる。


 死亡したのは場末の娼婦とその客。酔った二人が大喧嘩をしていたと、娘と近隣住民の証言もあれば、詳しく調べるはずもない。



 肉屋の主人が気を利かせて、昨夜の内に焼け残った目ぼしい物を回収していた。


 そしてリリーを教会併設の救護院へと預けた。

今日診察した医者は、エドモンドの指示によりロバートが手配した名医だ。リリーの目が見えないと聞いてヒヤリとしたが、酷く擦ったせいだと分かり安堵した。


 午後にはエリックを見舞いに行かせつつ、ロバート自身も廊下で立ち聞きし、エドモンドに報告して今だ。



エドモンドが指示する。

「今の地区より離せ。近所と付き合いが密だったとしても、元々の生活圏は狭かったのだ。地区さえ変えれば、アレには知らない街も同然だろう」


承知したロバートに、機嫌よく語りかける。


「国を離れる前に母親をどうにかせねば、と考えていたが、手間が省けた」


 エドモンドの言葉に疑念がわいた。他にもリリーの為に動くチームがあったというのか、自分には知らされていない集団が。


「排除は既定だったが、今回役に立ったはお前の配下だったな。穏便に済んで何よりだ」


ロバートの背筋を冷たいものが滑り落ちる。


「アレは、年が明ければ十三になる。あの母は初めての男を既に決めていた。その後は週単位で順に幾人もの客と契約を結ぶつもりだったらしい。『一日に何人もの相手をするのではなく、ひとりなのだから楽なものだ』と吹聴していたそうだ」



 その話はリリーからも、配下からも上がっていない。ロバートには初耳だった。


「させるか」

微かに笑いを含むエドモンドの横顔は冷たくも美しい。



「リリーお嬢さんは『いくつも間違えた』とおっしゃっておいででした。嫌な予感はあったのにあの家へと行かなかった事を、そのひとつとして挙げられて。『忙しいのに行けば迷惑になるから』と」


エドモンドの顔つきが険しくなる。

「いらぬ遠慮を」


「それがお嬢さんでございましょう」

ロバートが返すと、沈黙が落ちた。



「明日にでもお会いになりますか」


エドモンドは首を横にふった。


「いや、やめておこう。今アレは過敏になっていよう。望まずして私の考えを読んでしまうはずだ。バックドアがあっては、私も完全に遮断するのは難しい。安堵と歓喜が伝わってしまう」


安堵と歓喜。ロバートは黙って聞くより他にない。


「偽るつもりもないが、アレが知る必要もない」


 これで出掛けられるな。聞かせるともなくエドモンドが口にする。


「後はお前に任せる。手筈通りに進めろ」


 エドモンドからは薄笑いが消えない。そら恐ろしく感じながら、ロバートは深く頭を下げた。


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