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花売り娘は告白する・1

 エリックは救護院へと来ていた。

客と共に逃げ遅れた母を亡くし、焼け出されたリリーは、ひとまずここに身を寄せている。


 昨夜、寒い場所に長時間いたせいで体調を崩し今日は一日ベッドにいる、と説明されたエリックは、リリーを一目見て息を飲んだ。


「その顔は、火事じゃないよね?」


「体の具合は」と聞こうと思っていたのに、腫れ上がった頬と切れて青アザになった唇を見れば、そんな言葉は吹き飛んだ。



「エリック?」


ベッドに身を起こしていたリリーが、うっすらと笑む。


まさか。思わず声が震えた。

「見えないの?」


「今だけね。泣いたときに、こすり過ぎちゃって。目に細かい傷がついちゃったんだって。そのうちに戻るから心配いらないって、午前中にお医者さまに言われたとこ」


 何を見てもまぶしくてハッキリ見えないの、だからごめんね。とリリーに謝られても、エリックは返す言葉がすぐには出なかった。



「よかったら、ベッドに座って。このお部屋イスがないみたい」


「――大変だったね」

 言われた通りベッドに腰かけて、口にする。

ありきたりな事しか言えない自分がもどかしい。


「うん。みんなに迷惑をかけちゃったけど、よくしてもらってるの」


お礼ばかり言っていると分かる言い方だ。


「お母さんの事は、心からお気の毒に思うよ。リリーだけでも助かって良かった」


 お悔やみの伝え方は、家で一通り教えられて来たけれど、自分の気持ちをそのまま伝えた。


 それは間違いではなかったらしい。リリーが小声で切り出した。


「エリック、ほんとのこと聞く?」


 言うからには話したい気分なんだろう。エリックは思案した。



 喉に包帯をしているのは、怪我をしているからではなく指の跡が痛々しいからだと、案内してくれた女性が教えてくれた。


 その方は「リリーさんの目がきかなくて良かったかもしれない」とまで言っていた。喉も痛めているのであまりお話はさせないで下さいね、と注意もされている。


 でも今聞かなければ、二度と聞く機会がないかもしれない。


「教えてくれるの?」

尋ねたエリックに、リリーがこくりとうなずいた。



「わたし、たくさん間違えちゃったの。早くから少し嫌な感じはあったの。お外に出ようかと思った。でもおうちに行けば、おじ様に迷惑がかかるでしょう。忙しいのに私のことまで」


 そんな遠慮はいらない。エリックは言いかけてやめた。リリーの話す気を削いではいけないから。


「行かなくても、せめて外に出ればよかったのに。雪が積もっていたから迷ってやめちゃったの。それが最初のまちがい」


 数え歌を連想させる穏やかなリリーの語り口であるにもかかわらず、エリックには急に部屋の温度が下がったかのように感じられた。



「そこに母さんのお客が来た。母さんと二人して『いていい』と言うから、珍しいとは思ったけど部屋に残った。これが次の間違い」


「眠らなければよかったのに、二人がお酒を飲んで楽しそうにしてるから、つい眠っちゃった。これで三つ」


 リリーは昼間、花籠を下げてずっと立っている。

疲れて眠くなるのは当たり前で、少しも悪いことじゃない。


 そう言いたいけれど、リリーはそんな慰めが欲しいんじゃないだろう。どこか不安定な眼差しのリリーが続ける。


「『反撃の機会は一度しかない』って習ってたのに、失敗した。四つ目ね」


 火事の前に何があったか。おおよその見当をつけた大人達が、重いリリーの口から無理に聞き出し、それをエリックが聞いた。



 こんな女の子が大人の男に抵抗なんか本当にできると思ったのか、父さん達は。

エリックの心の内に嵐が吹き荒れる。


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