息子と父
夏が過ぎ秋も深まる頃、自宅で書類の整理をしていたロバートのところへ、息子エリックが顔を出した。
「父さん、今いい?」
「かまわない」
年が明け春になる前には、仕えるエドモンド・セレストに付き従い他国へ渡ると決まってから、妻だけでなくエリックにも留守中のあれこれと伝えるようにしていた。
自然、父子の会話は増え、エリックもしっかりしてきたと感じることが多い。
もっとも急にではなく以前から成長していたのかもしれない。気付く機会がなかっただけで。ロバートはそう思うようになった。
自分は書棚の前に立ったままで、息子には椅子にかけるよう勧める。エリックは素直に腰を下ろすと、すぐに切り出した。
「リリーのことなんだけど……」
少し言いづらそうに続ける。
「殿下が留学するって、まだ伝えないの? 言わずに行くつもり?」
少年らしい澄んだ瞳がまっすぐにロバートを見つめる。これが大人の眼になるのはいつで、自分もこんな瞳だったことがあったろうか。
どこか尊いもののように感じながら、どう答えるべきかと思案する。
「エドモンド様がおっしゃらない以上、私から伝えることは出来ない」
これは息子の欲する返事ではないと、ロバートにもわかっている。エリックの顔に失望が浮かんだ。
苛立ちを隠そうともせず言い募る。
「リリーは気がついてるよ。留学とはっきり知ってるわけじゃない。でも僕に聞いたんだ『エリックは、何も変わらないの? 』って。あのすごく綺麗な顔で。わかってる? ――その顔させてるの、父さん達だ」
子供は真っ直ぐだ。そして人の心を抉ることをそれと知らずに口にする。聞いた大人は、指摘が胸に響いたなどと顔に出しはしないし、大人らしくあしらおうとするものだ。
激しさはなくても非難の込められた眼差しと、挑戦的な物言いに、ロバートは手にしていた書類を机へ置いた。
「エドモンド様にはお考えがある」
エリックは黙っているが、表情には険がある。
「まだおっしゃらないのは、機会をみているからだ。お二人とも異能をお持ちだ。口にせずとも伝えているのかもしれない」
そこは持たない私とエリックには想像できない部分だと言い添える。口にしながら、ロバート自身、無理のある言い訳だと思った。
本当は若き主エドモンドがリリーの泣き顔を見たくなくて、先延ばしにしているだけではないか。息子にそんな憶測を述べるわけにはいかない。
これで納得するくらいエリックが子供だといいのだが。もしくは、察してこの場をおさめてくれるほど大人ならば。
「伝わってたら、あんな顔しない。父さんは――ズルいよ」
もういい、と立ち上がったエリックの後ろ姿に「お前からお嬢さんには言わないように」と念押しをしようかと迷う。ロバートは迷ってやめた。
それを言えばきっと、冷めた眼つきを返すに違いないとわかる。
自分も少年だった頃には、大人は狡いと思っていた。歳を重ねれば立場も変わり、狡さは賢さでもあると肯定できるようになる。
それを今のエリックに言ったところで、軽蔑されるだけだ。
父と子、関係の難しい年頃に差し掛かってきたのかもしれない。まだ幾つか話しておきたい事柄はあったが、あの様子では素直に聞くとも思えない。
「書き置いた方が伝わるか」
僅かに沈む気持ちを払うようにあえて声に出して、ロバートは片付け途中の書類に目を戻した。




