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貴公子は水難事故にも備える

 ボートから身を乗り出すリリーに、エドモンドは本気で危機感を持っていたらしい。


「アレに泳ぎを体験させる」と言い出した。


 ならばと水着の用意をしようとしたロバートを、必要ないと止める。


「着衣のままだ。舟から落ちた時に都合よく水着であるとは限らない」





 というわけで、宿り木を見に来て以来の荘園訪問となった。

 林のなかに湧水池がある。ただ、池の水は夏でも冷たい。園丁に言い付け、先に焚き火をさせておいた。


 ロバートが見守るなか、軽装のエドモンドがリリーを連れて水に入る。


 リリーひとりを水に浸けるのでは、と密かに心配していたロバートだが、さすがにそれはなかった。


「坊ちゃま、冷たい。あと、動けない」

「それを体験しに来たのだから当然だ。冬の河はこれより冷たい」


にべもなくエドモンドが告げる。


 水中では服はふわふわと体から離れ重さを感じないのかと思いきや、手足にまとわりつき重さをより感じるものらしい。


「無理に動く必要はない。下手に泳いで体力を消耗するな。助けが来るまで浮いていられるよう、できる限り温存しろ」


エドモンドがリリーを支えながら説明する。



「坊ちゃまが来るまで?」

「いや、私ではない。行くのはロバートだ」


 リリーがちらりと視線を向ける。そんな余裕があるらしい。


「たすけて――、おじ様」

かわいらしい声で助けを求める。


 この場合訓練として参加すべきか。しかしお二人と違って自分の着替えまでは持参していない。想定の甘さを痛感しつつもロバートが動けずにいると。


「今は私がいる。ロバートまで巻き添えにするな」


 冷静な若き主の声がけに「はぁい」と聞き分けよくリリーが返した。どうやらイタズラだったらしい。



「海は浮きやすいが波がある。河は浮きにくいが人を襲うような生き物は、まずいない」


リリーの身体を立ち泳ぎから、水面に浮く形にかえる。


「手足の力を抜き、腰を突き出すようにしろ。腰を引けば沈みやすくなる。そうその姿勢だ」


 形を整えたエドモンドが合格を出す。座学で得た知識を上手く体現できるのはリリーの能力の高さだと、ロバートは感心した。



「エドモンド様、大人はよろしゅうございますが、お小さいお嬢さんは、そろそろ冷えきります」


 ロバートの合図を機に水から上がったリリーの唇は紫色で、体も小刻みに震えている。


「大丈夫ですか」と火に近づけるのを、エドモンドが動きを止めて眺めているので、主なりに心配しているとわかる。


「何てことない。生きるためだもん」

リリーは小声でさらりと口にした。



 乾いた服を着せ毛布にくるみ、火にあたらせる。

ミルクの入ったカップで指先を温めるリリーに、エドモンドが問いかけた。


「お前の夢は、なんだったか」


 記憶力に優れたエドモンドが忘れるはずもない。改めて本人の口から聞こうと言うのだろう。


リリーがためらいなく答える。

「食べたい時に食べたいだけ、甘いものを食べられるようになること」


今、なんと。

「他には、ございませんか」

ロバートが主に先んじて尋ねる。


リリーがすぐに答えた。

「雪の日にずっと暖炉のそばにいること」


「いや、そうではなく――」

 考える様子で否定するエドモンドは、リリーの発言を切っ掛けにして何か為になることを教えようとしていたのだと思われる。


「ユメはひとつしかダメ?」

真顔でリリーが聞く。


「そんなことは無い」


 紅茶を口に運びながら穏やかに返すエドモンドは、「頭を使って生きていきたい」を聞くことを諦めたらしい。


「夢がすべて叶うといいですね」

ロバートが心からそう言うと、リリーが一瞬ホッとした表情をし、すぐに消した。


 その変化はエドモンドも見逃さなかったはずだ。

今は子供らしく振る舞おうとしているのだ。子供には子供なりの考えがある。


「ロバート、何か甘いものを持ってきているのだろう」


 エドモンドの言葉にリリーの目がキラキラと輝く。この輝きを守るのは大人の務め。

 ロバートはリリーの好物を詰めたバスケットを開いた。


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