花売り娘は歌う
坊ちゃまのお仕事のお手伝いをする。
そう申し出たリリーに理由を尋ねる。
「疲れてるのは忙しいから、でしょう」
ロバートにはいつものエドモンドに思えるが、隣にくっついて座るリリーの感じ方は、別なのだろう。
さてどうしたものか。考えあぐねるロバート。
「では気分転換に歌でも聴かせてもらおう」
エドモンドは珍しいことを言い出した。
「なにを歌えばいいの」
「お前の知っているものなら、なんでも」
請われてリリーが歌ったのは、数え歌だった。
歌の終わりにエドモンドが、告げる。
「他には」
少し考えてリリーが歌い出したのは、少女たちの手遊び歌。合わせて手がひらひらと動く。
「――音程はきちんとしている。声も子供らしく愛らしい」
素直に誉めるエドモンドは極めて珍しい。
それだけにロバートには嫌な予感がした。
「が――、ぴよぴよ・ぴょっぴょ・ぴよ・ぴょっぴょ。としか聴こえないのは、どういうわけだ……」
聞いたリリーが目を丸くする。驚き過ぎて目が零れ落ちそうだ。
エドモンドに視線で同意を求められたロバートに、リリーまでもが救いを求めるようにしている。
「……先ほどお嬢さんがお歌いになられた時には、ちゃんと聴こえておりましたが……、そのようにエドモンド様がおっしゃいますと、私の耳にももはや『ぴよ』としか残っておりません」
噛み殺しそこねた笑いと共に、ロバートもまた正直に告白した。
「ええ―― 」
さらに開いたリリーの口から、失意と抗議の声が漏れた。
「かわいいと誉めたのだから、それで良いだろう」
我が意を得たりと満足した様子のエドモンドが、リリーの口にボンボンを入れてやる。
丸く固めた砂糖の内側にフルーツ味の液体を閉じこめた繊細な菓子。
力加減が分からずひとつ潰して駄目にしてしまって以来、リリーは自分ではこの菓子を触ろうとしない。
欲しい時は「食べさせて」と口を開けるので、入れてやるのはエドモンドのお楽しみのひとつだ。
ご褒美用に小さなボンボン入れを用意し、いつも切らさないようにしている。
ボンボンの甘さにうっとりとしたリリーは、もう機嫌を直したらしい。
「かわいいなら、いっか」
もうひとつ。ねだりながら「白いのじゃなくて、ピンクのにして欲しい」と若き主に指図している。
「どうせすべてお前のものなのだから、どれが先でも同じだと思うが」
言いながらもピンク色をつまみ上げ、舌にのせてやるエドモンド。
「そう急くな。指まで舐めたぞ」
ロバートの耳には苦情まで甘い。
「まだ、なにか歌う?」
ボンボンに気をよくしたリリーが尋ねる。
「いや、もう充分だ。どうせ私には『ぴよぴよ』としか聴こえない」
からかい混じりに断るエドモンドに、リリーが無言で憤慨する。
笑いが堪えきれないロバートは、リリーに気付かれないようそっと背中を向けた。




