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貴公子の日常

 紳士にとって社交は重要な仕事である。

歌劇場で行われる恒例の夏の音楽祭に、今年もエドモンドは女伯爵エレノア・レクターを伴って出席した。


 舞台正面の二階三階部分にある大公家専用席は、他の客席からよく見える。

 舞台を観に行くと言うよりは、見られに行くという方が表現としては相応しい。



「今年の主役は見目より歌唱力重視ですのね」


 広げた扇の陰でエレノアが感想を述べた。

幼くはない子供がいながら未だ公国一の美女と言われるエレノアから見れば、ちょっとした美女など凡庸に感じられるのだろう。


「ただ高いだけの声を聞かされるより、ずっと良い。そもそもあなたと比べては、美しいとされる歌姫もかすむ」


 エドモンドはそう返した。美貌と歌唱力を兼ね備えた女優など数十年にひとり出ればいいところ。大抵はどちらかに片寄るものだ。



「エドモンド様ったら。――そう言えば、国をしばらくお留守になさると、わたくしの耳にも入りましてよ」


目元に色を存分に含ませて、流し目でにらむ。

「教えてくださらないなんて、酷い方」


 拗ねるように見上げる唇に浮かぶ笑みから、腹を立ててはいないと分かる。


「まだ正式には発表していない」

エドモンドは遠回しに肯定した。


「お帰りは数年先でしょう? お待ち申しあげても宜しいのかしら」

「あなたに不都合がなければ」


簡潔な返事に「そうさせて頂く」と告げたエレノアが続ける。


「エドモンド様のお陰で、わずわらしい事が避けられて、心より感謝致しておりますの。女性関係でお困りになることがあれば、私をいかようにもお使いくださいまし。もっともエドモンド様は、そういう類のトラブルもお手のものでしょうけれど」



 ここしばらくエドモンドはエレノアに会う機会が減っていた。お互いが社交に必要な時にしか会っていない。


 「他の誰かと恋仲では」といぶかしむエレノアに、「十代でもない。したい盛りを過ぎたようだ」とエドモンドがあけすけに言えば、意味を理解するのに時間がかかったらしい。

少し間を置いてエレノアは明るい笑い声をあげた。


「私の歳の離れた友人は、親子ほど歳の離れた若い男性を恋人にしているのですけれど、『夜』の体力差を痛感すると言っていましたのよ。そのせいで年齢を実感させられる、と。失礼ながら私、今のエドモンド様くらいがほど好いようですわ」


 エレノアも率直に打ち明ける。こういった美人を鼻にかけず飾らない人柄もまた、エドモンドにとっては付き合いやすい。



「断りにくい事態には、名を使ってくれてかまわない。公国一の美女に面倒な色恋沙汰はつきものだろうから」


 言葉を機にエレノアが扇を広げた。その陰でエドモンドに顔を寄せる。


「お心遣いいたみいります。お帰りまで、こちらの社交界の様子などは、お知らせいたしますわ」


 端から見れば、扇の陰で口づけなど熱くかわしているようにしか見えないはずだ。


 たっぷりと時間をかけて、なんということのない会話をした後、ようやくエレノアが扇を閉じる。

 今注目の的は舞台上の役者ではなく、華やかなエドモンドとエレノアの二人だ。



 そういえばリリーを歌わせたことはないが。

アレは正しく音程を取れるのか。


 気になったエドモンドがざっと思い返しても、鼻歌ひとつ歌っていた覚えはない。次に会った時には何かしら歌わせてみなくては。そもそもアレは「歌」を知っているのか。


 舞台上の歌姫を眺めながら、別のことを考えるエドモンドは、横からのエレノアの視線に気がついた。


 にっこりと笑む彼女に合わせて、同じだけの微笑を返す。演じているのは舞台上だけでなく、ここもまた同じ。


 エドモンドは屈託のないリリーの笑顔を思い出した。


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