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花売り娘は人体について学ぶ

「やめて、もうやめてっ」

リリーの高く細い声が途切れ途切れに響く。


「ああっ」という悲鳴と荒い息づかい。寝椅子の上で身をくねらせて懇願する。



「『やめてと言っても止めないで』と言ったのはお前だ」


 冷笑するエドモンドの手は、猫の腹をくすぐるが如く遠慮なく少女の腹を這いまわっていた。


「いやぁ! もうダメ、こうさん! 坊ちゃま、本当に降参なの」


 目を潤ませ真っ赤に色づいた頬をしたリリーが、両手でエドモンドの腕を押さえて訴えた。



 ようやくエドモンドの手が止まった時には、リリーは寝椅子からずり落ち、床の上に伸びていた。

 浅い呼吸を繰り返し胸を上下させる様は、妙な生々しさがある。


 わざとらしく息を吐いたエドモンドが、眉間にシワを刻んだ。


「これではまるで私が悪いようではないか。見ろ、ロバートの顔を」


 ロバートは言われて初めて、常に浮かべている職業的な微笑がひきつっているのだと悟った。



 そもそもは、リリーが「最近くすぐりっこが流行ってるんだけど、私はくすぐったがりだから、みんなに狙われるの。練習して、くすぐられても大丈夫になりたい」と言い出したこと。


「だから坊ちゃま、くすぐって」

くりくりとした目でお願いした。


「くだらない」とにべもなく断った若き主の判断は、誰が見ても正しい。


 しかしリリーは引き下がらなかった。

「お願い、坊ちゃま。くすぐって。やめてって言っても止めないでね、練習だから」


 断るのも面倒になったらしいエドモンドは「そうまで言うなら」と、無言でリリーの顎の下をくすぐった。


 すぐに「うふうふ」と笑いだすリリー。脇の下に移動すれば「きゃあきゃあ」と止まらない。


 そして脇腹に至って「やめて、本当に止めて」だ。

先に言われた通り手を止めなかったエドモンドの顔には、悪い笑みがあるかないかに浮かんでいた。


 ロバートの顔がひきつったのは、リリーにではなく、エドモンドのその笑みのせいだ。



 ふわふわとした赤毛を床に広げて寝そべったまま、まだ呼吸の整わないリリーは声も出せない。


やおらエドモンドが細い首もとに触れた。


「ついでだ、覚えろ。ここが鎖骨。折れると治るのに時間がかかる」


 指先は正確に鎖骨を押している。

リリーの口から「んっ」と音がもれた。くすぐられ過ぎてどこも敏感になっているらしい。


「そして」

エドモンドが言いながら触れる位置を下げる。


「ここが胸骨。この軍服でいうなら第二ボタン辺りを思いきり押し込めば、相手の動きを一瞬止められる」


「ここは肋骨」

「ひぁっ」


 リリーの反応を気にも止めずエドモンドの手がさらに下がる。


「これが腸骨だ」


 言うなり無造作にリリーをひっくり返した。勢いでスカートがめくれて、膝上までむき出しになる。


 白い脚が晒され、配慮のない若き主を諌めるべきかと考えるロバート。


 エドモンドがうつ伏せにされたリリーの脇に片膝をつき、髪をかき分け首筋をあらわにした。


「頸椎。直接ぶつけなくても酷い転倒で痛める事もある。下がって胸椎から腰椎」


 長い指がゆっくりと背筋を撫でおろす。びくびくとリリーの体が跳ねるが、声すらしない。


「辿りついたここが仙骨、そして尾骨だ」

終いだとばかりに、ぐっと二本の指で押している。


 そこはみだりに触れてはいけない場所でございます。ロバートは介入の頃合いをはかった。



「さて、この下も説明しておくか」


 エドモンドの言葉を自然な流れと錯覚しそうになりつつ、ロバートは止めに入った。


「エドモンド様、お嬢さんには刺激が強すぎます」


 エドモンドに倣って速やかに片膝をつき、スカートを整え脚を隠す。


つまらなそうな顔でエドモンドは寝椅子に戻り脚を組んだ。


「これに懲りたら、不用意にくすぐってくれなどと口にしない事だ。どうせ大人になれば感覚は鈍くなるのだから、練習など必要ない」


「――それを先に教えて差し上げて下さい」


 ぐったりとしたリリーを見おろしながら苦言を呈するロバート。


 エドモンドは全く意に介さない様子で「ふふん」と機嫌良さげに口角を上げる。


「過ぎた快楽は毒だな」とつぶやく主に「意味が違います」と思いながら、ロバートはのぼせたようになっている気の毒なリリーを助け起こした。


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