運命といえるかもしれない出会いの日・1
雨上がりの大通りの混雑はいつものことだが、今日は特にひどい。
荷馬車を曳く馬が、石畳で脚を滑らせ荷台ごと転倒し、積んでいた穀物やら果物やらが散乱したらしい。
「拾うついでに持ち去ろうとする人の群れで、収拾がつかなくなっている」と、今さっき配達から戻ったトムが教えてくれた。
そんな騒ぎでは花など買ってくれる人は、いない。
小さな花束を幾つも入れた、柳で編んだ篭を抱え直して、リリーは子供には似合わぬ溜め息をついた。
家には母のお客が来ているはずだから、夜まで戻れない。
大通りの向こうは、別の花売りの縄張りだけれど、売り上げからいくらか払うと言えば、まだ子供のリリーなら、今日一日くらいは仕事をさせてもらえるかもしれない。
借りを作るようで、気はすすまないけれど。
横丁の角で、どうしたものかと思案するリリーの視界に、見慣れない男が現れた。
座りジワひとつない艶の良いコートを着て、帽子をかぶり、履いている靴には雨上がりにもかかわらず、泥ひとつ飛ばず、曇りもない。
中背の明らかに身なりの良い男が、横丁の奥を見定めるかのように覗きこむ。
すぐ隣に立つリリーは、小さすぎて男の目には入らないらしい。
小間物屋の庇の下で、リリーは無遠慮に男を眺めた。
市場の花屋から花を仕入れ、街頭で花売りをするリリーには、大人の男など珍しくもない。
その働く男たちと、今目の前にいる男は、何もかもが違った。
(これがつまり、お金持ちという人かしら)
どうせこっちを見もしない。遠慮なく眺め回していると、いきなりパチリと目があった。
すぐ横から見上げているリリーの視線が、自分に固定されているのに、ようやく気付いた男は、数度瞬きをした。
こんなところからずっと見られているとは、思いもしなかったのだろう。戸惑うように聞いてくる。
「ええと。お嬢さんは、こちらで何を?」
「花売りよ。いつも、ここらで花を売っているの」
見てわからないか、と左腕に掛けた花の入った篭を、男が見やすいように少し持ち上げてやる。
「それは。小さいのにご立派ですね」
「小さくもないわ。もう十だもの」
当たり障りのない世辞を言う男に、リリーはきっぱりと答えた。十才ともなれば働くのは普通だ。リリーだって七才から働いている。早い子供は六才でも働いている。
まだ困ったような顔の男に、今度はリリーから質問する。
「おじ様は、こんなところで何をしているの?
ここはおじ様のような人の来るところじゃないわ」
言われて男は、リリーに注目した。
お読みくださりありがとうございます。
気楽に読んでいただければと思います。
いいね・ブクマ・評価等頂けますと、励みになります。
明日もお目にかかれますように☆