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余命宣告を受けた俺が世界を救う理由  作者: 石田あやね
第2章【明かされる未来と過去】
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38話 拓の過去②

 施設の中は外見よりも小綺麗で、おもちゃや絵本は決められた場所に整理され、とても管理が行き届いているというイメージだ。けど、柱の隅に描かれた落書きになんだか心が和む。


「はい、どうぞ」


 テーブルに人数分の麦茶が並ぶ。


「ありがとうございます!!」


 みんな喉がカラカラだったのか、一気に麦茶を飲み干していった。

 拓は施設に入ってからずっと部屋をキョロキョロと見渡している。それに気が付いていたのか、園長先生が少しだけ寂しそうな顔をして言った。


「すっかり静かになってしまったわ。昔はここも人が多くて賑やかだったけど、今は町の人口が減った分、子供の数も減っちゃって……この施設に来る子も年々少なくなってきたの。それは良いことだけど、子供たちの声が聞けないのはなんだか寂しいわ」


 しみじみとしたように話す園長先生の姿に拓は複雑な想いを抱く。


「俺が居たときは俺より小さい子たくさんいましたよね。少しの間しか居なかったけど、すごい賑やかだったのを思い出します」


「そうね。拓くんがいた頃は本当に賑やかだったから……今はもうここを巣立つ年齢の子達だけしか居なくてね。実は来年にはここを畳もうと考えてるのよ」


「えっ!? 無くなっちゃうんですか!?」


 拓より先に満里奈が声を上げた。


「ここにもう年老いたわたしひとりしかいないしね。今小さい子の面倒を見るのはさすがに体力的には難しいのよ……だから、今日拓くんに会えて本当に良かった」


 心から喜んでくれる園長先生に拓は頭を下げる。


「こちらこそ、あの頃はありがとうございました」


「そういえば、なっちゃんには会えた?」


 唐突に告げられた名前に、拓は目を見開く。その様子を見た園長先生は残念そうな声を上げた。


「あら、行き違いだったのね。今朝早くになっちゃんもここへ来てくれたのよ」


「会いませんでした。けど、きっと会ってたとしてもお互い気付けなかったと思います」


 それもそうね、と園長先生は微笑む。


「なっちゃん、拓くんが出ていった後しばらく会いに来てくれるの待ってたのよ。いつも拓くんの心配してたわ」


「そうだったんですか」


「もし会えてたら、きっと喜んでたわ。あの拓くんがこんな立派な青年になったんだもの」


 そう言いながらテーブルに手を付き立ち上がると、園長先生は台所の方へと向かった。


「ねぇ、その“なっちゃん”って人が例の写真の人なの?」


 アキが隙あらばと鋭い質問を投げた。その言葉に、分かりやすく反応を示す博と文也。満里奈はひとり居心地悪そうにそわそわと落ち着きをなくす。


「ああ、そうだよ。結城(ゆうき) 奈津(なつ)さんっていって、この施設で出会ったんだ」


「だから家族……」


 アキは納得したように頷くと、満里奈さんをちらりと見遣る。満里奈は未だに自分の髪の毛をいじったり、履いているスカートの裾を引っ張ったりと、不安を紛らわせるような仕草を繰り返していた。


「奈津さんはオレより5歳年上で、2年早くこの施設に預けられた。この施設に入ったばかりの俺は両親が死んだショックで鬱ぎ込んでて、誰とも関わろうとしなかった……そんな状態の俺を一番に気遣って、ずっと励まし続けてくれたのが奈津さんなんだ」


「話を聞いてると、この施設を出てからは奈津さんには会ってなかったのね」


「会いたい気持ちはあったんだけどさ……幼心に罪悪感みたいなものを感じちゃったんだよ」


 拓の発した罪悪感という言葉に満里奈が反応を示す。


「奈津さんにすごく助けられたのに、俺が先に幸せになったみたいで……申し訳なく感じちゃってさ。毎年、両親の墓参りには来てたのに、ここに来る勇気がでなかった」


「狭山くんが罪悪感を感じる必要はないですよ! きっと狭山くんが幸せになったって知ったら奈津さんも喜んだと思います!」


「片倉、ありがとう」


 拓は優しく満里奈に微笑みを向けた。満里奈はうっすらと頬を染め、照れたように俯く。

 ふっと視線を外した拓の目に、台所で高い棚から何かを取ろうと背筋を伸ばす園長先生が写り、慌てて手助けに走った。


「なるほどね、何となく謎が溶けた」


 拓がいなくなるや否や、黙ったままでいた文也が呟くように告げる。


「謎ですか?」


 俯いていた満里奈がそっと顔を上げ、文也に訊く。


「拓、中途半端な時期に小学校へ転校してきてさ。事情とかなんて知らないから、子供ってあれこれ興味本位で聞きに行くじゃん……まだ拓自身立ち直ってなかっただろうし、その奈津さんが心の支えだったなら尚更みんなと打ち解けるなんて、想像以上にきつかったと思う」


「そうだな。文也に拓を紹介されたとき、正直暗いやつなのかなって思うほど自分の殻に閉じ籠ってた。打ち解けるのにかなり時間かかったもんな」


 博が過去を思い出したのか少し苦笑いを浮かべた。


「わたし、高校からの狭山くんしか知らないので……そんな姿想像つきません」


 笑顔で園長先生の手助けをする拓の後ろ姿をみんな暖かな目で見守る。


「けどさ、拓がこうして自分の過去を話してくれたってことは……それぐらいに俺たちを信用してくれた証なんだよな」


「そうだね。これからはどんどん自分のこと隠さずに向き合ってくれるといいね」


 博と文也の言葉に、満里奈も力強く共感の意図を示した。


「わたしももっと狭山くんのこと知っていきたいです」


 ただアキだけは浮かない表情のままだったことは誰も気付かなかった。

 こうして施設での時間はあっという間に過ぎ、園長先生と別れを告げる。


「次はお墓参りに行くから、みんなのこと両親に紹介させてほしいんだ」


「なら、お墓に備えるお花買いませんか? わたし選びます!」


「片倉、ありがとう。親が好きな花とか分からないからいつもありきたりな花しか選んでなかったから、そう言ってもらえると嬉しいよ」


 頑張ります! と張り切る満里奈の姿に、拓は思わず笑みをこぼした。

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