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余命宣告を受けた俺が世界を救う理由  作者: 石田あやね
第一章【2度目の余命宣告】
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16話 守るべきもの③

 ワクチンの開発者が自分の父であるという新事実を知り、満里奈は驚きを隠せない様子だった。


「そういえば、片倉さんのお父さんは研究者で海外にいるって前に聞いたことあるけど……そんなにすごい人だったんだね」


「そんなはずないです!」


 文也が感心したように言った発言に対し、すかさず満里奈が否定の声を上げた。


「確かにお父さんは海外で研究者をしていますが、それは昆虫の研究でワクチン開発なんて大それたものはしていないはずです」


「その通りよ。満里奈さんのお父さんは自分がワクチンを開発していたなんて今も分かっていないわ」


「どういうことだ?」


 博の問いにアキが改めて満里奈を見つめ、静かに話し始める。


「満里奈さん、あなたのお父さんは昆虫からある珍しい物質を発見したの。けれど、それがどんな性質を持ち、どんな効果をもたらすのかまでは追及しないまま、大切に保管することを選んだ……いつか、自分の代わりにそれが何に役立つのか解き明かしてくれる人物に託したの。それが満里奈さん……あなたなの」


「どうして、わたしに? わたしよりももっと頼れる研究者が近くにいたはずです」


「きっと、それがお父さんのあなたへの最後のプレゼントだったのかもしれない」


「最後って、どういう意味ですか?」


 満里奈の表情が悲しみに染まっていく。それは、アキがなにを自分に伝えようとしているのか薄々勘付いていたからだろうか。アキは真剣な面持ちで口を開いた。


「どうか取り乱さないでほしい」


 拓はどこか他人事ではない心境の中、満里奈を見守る。


「満里奈さんのお父さんは近いうちに亡くなる」


 その絶望的な言葉は満里奈に強い衝撃を与えた。見る見るうちに満里奈の瞳には涙が溢れ、必死にアキの発言を否定するかのように首を振った。


「そんな、ありえません!」


「聞いて、満里奈さん」


「嫌です! 聞きたくありません!」


 耳を塞ぎ、アキの声を遮断してしまった満里奈の姿に耐え切れず、拓が歩み寄る。


「満里奈、落ち着いて聞けなんて言えないけど……アキの話だけでも聞いてほしい。どんな残酷な未来でも今知っておかないと後悔することもあるかもしれない」


 拓は自分で言いながら、胸が痛んだ。本当なら打ち明けなければならない事実を隠し、友達に噓をつき続けている。

 隠し続けることと、事実を知ってしまうこと、一体どっちが後悔するのだろうか。

 そう思いながら満里奈に事実を知らないことを後悔だという自分の言葉に、ひどく矛盾を感じてしまった。



「……お父さんは、本当に死んでしまうんですか?」


 俯いた状態のまま、掠れ声で満里奈が訊く。耳から離された手が小刻みに震えるのを見て、拓がそっと握り締めた。


「……だいぶ前から病気を抱えているはずよ。でも、仕事を優先にしていて治療を拒否していたみたい」


「だったら今から連絡して病院へ行くように言えば助かるんじゃないですか!?」


 希望を願う眼差しで満里奈を向けるも、アキは残念そうに首を横に振った。


「ダメ……なんですか?」


「もう手遅れだと思う。あと一年早く治療をしていれば、余命を伸ばせたかもしれないけど……」


 また満里奈の瞳から大粒の涙が溢れだす。そんな彼女に掛ける言葉が見付からず、拓はただ手を握り続けることしかできなかった。アキも申し訳なさそうに顔を伏せる。


「ごめんなさい。わたしにはどうしようも……ただ、満里奈さんにはお父さんの意思を分かってほしい。自分が貫いてきたものを大切な人に託し、いつか代わりに解明してほしいっていう夢を……」


 それに対して、満里奈は何も返事を返さなかった。

 無理もない。父親の死を知って、平然としていられる方がおかしい。


「アキ、今は満里奈には考える時間が必要だ。今日はもうよそう」


「……そうね」


「悪いけど、俺はまだ納得できていない。話を続けていいか?」


 博がどことなく怖い表情をしていた。


「まだ、俺の疑問に答えていない。それに片倉さんのお父さんがワクチン開発者だとしたなら……片倉さんが命を狙われるのは変じゃないか? それに、救世主が満里奈さんだとしても俺たちに協力を求めてきた理由にはならない」


 それを聞いたアキが一瞬だけ拓に目線を向ける。

 きっと、このまま話を進めていいかの意思確認なのだろう。しかし、拓自身どう反応していいのか分からなかった。満里奈の精神状態を考えると話を進めるのは好ましくはない。しかし、早く状況を把握しなければ博たちを説得できないという焦りもあった。


「……大丈夫です。話を続けてください」


 満里奈が小さく告げる。


「わたしのせいで話が進まなければ、また狭山くんに迷惑をかけてしまいます。だから、アキさん……わたしが守るべきものを教えてください」


 拓は少しだけ驚いた。

 正直、満里奈は頼りないただのか弱い女の子だと思っていた。

 それは満里奈の表だけを見てきた思い込みだったのかもしれない。

 涙を懸命に堪えながら、強い意志を瞳に宿した彼女の姿は、拓には頼もしい救世主の姿に映った。


「片倉さん、ありがとう」


 博が申し訳なさそうに言うと、満里奈は笑顔をつくる。


「いいんです。わたしもちゃんと知りたいです」


 拓はそっと満里奈から手を離す。


(俺よりもよっぽど満里奈のほうが強い……)


 そんな自分が慰めで手を握っていたことが少しだけ恥ずかしく感じた。


「……なら、話を進めるわ。組織の人たちも満里奈さんの父親がワクチン開発者だということはもちろん知っているはずよ。だからこそ、狙うのが満里奈さんなの……もうワクチンはすでに満里奈さんが持っているはずだから」


「わたしがもう? けど、そんなすごいものもらった記憶がありません」


「来月にはお父さんは病院へ運ばれて入院する……だから、満里奈さんには手渡されていないといけないの。もしかしたら、ワクチンだと気付かれないような意外なものなのかもしれない。記念日にお父さんから貰ったものを後で調べてみましょう」


「わかりました……」


 満里奈が返事をしたと同時に、博が納得したように頷く。


「そうか……組織にとって一番の脅威はワクチン開発者ではなく、ワクチンを持つ片倉さんなのか。片倉さんがいなければワクチンも見付からないから、組織はなんの障害もなくウイルスを世界に広めることができる」


「そういうこと。わたしたちが守るべきものは満里奈さんなの」


 もちろんワクチンが存在することも組織にとっては気に入らないだろうから守らなきゃいけないけどねと、アキは付け足すように言った。

 そこまで話し終えた瞬間、拓は不安そうに博へと目を向ける。

 博が先ほどよりも険しい表情を浮かべていたためだ。守るべきものが分かったからこそ、この現状を乗り越える難しさを彼は痛感してしまったからだと、拓は気が付いていた。

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