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余命宣告を受けた俺が世界を救う理由  作者: 石田あやね
第一章【2度目の余命宣告】
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12話 満里奈の祈り

 床に頭を打ち付けた衝撃と拓の思いもよらない行動への驚きで思考が停止状態となった。だが、凄まじい音で意識はまた現実へと引き戻される。そして、満里奈は現実感のない光景を目の当たりにした。まるでスローモーションの魔法にでも掛けられたように空中で舞う無数のガラスの破片がキラキラと瞳の中で輝く。その景色をどこか他人事のように見つめていた満里奈は、ただ奇麗だと頭の隅で思った。

 しかし、その美しい魔法は解かれてしまう。

 空中を花びらみたいに舞っていた破片たちは、重力に従って下へと散らばり落下した。鋭いガラスの先端が迫ってくる恐怖から満里奈は小さな悲鳴を漏らしながら目を瞑る。

 床に落ちたガラスが砕けていく音が耳元で響き、身体を掠めてきくガラスのせいで鈍い痛みを感じた。

 だが、その音は次第と弱まり、辺りは嘘のように静けさを取り戻す。満里奈は恐る恐る瞼を持ち上げる。


「片倉、無事か?」


 目の前には焦った面持ちでこちらを見下ろす拓の姿が映り込んだ。


「狭山くん……?」


 ガラスが割れる寸前で、彼が助けてくれたことを思い出した満里奈は目を見開き起き上がった。


「狭山くん! どうして!?」


「ああ、怪我しちゃったな。ごめんな……咄嗟で庇いきれなかった」


挿絵(By みてみん)


 不甲斐ないと言わんばかりの表情で謝罪する拓に、満里奈は改めて周囲に目を遣った。

 踊り場の窓ガラスは全て吹き飛んだように割られ、床にはさまざまな大きさのガラスの破片が敷き詰められたように落ちている。そんな中で、満里奈はスカートからはみ出した足と頬に少しだけ切り傷を負っていた。こんなかすり傷で済んだのは、自分に覆いかぶさって庇ってくれた拓のおかげなのに、どこか悔しそうに顔を歪ましている。


「片倉を守り切るって胸張って言うつもりだったのに……これじゃ、格好つかないよな」


 なんの話をしているのか分からなかった。状況も全く掴めていない。ただ、脳が冷静に動いてきた満里奈の顔から徐々に血の気が引いていく。


「それよりも狭山くん、怪我をしたんじゃないんですか? 背中を見せてください」


「大丈夫だよ。大した怪我はしてないから」


 そう言い張るも、拓の笑顔が時折引き攣る。床には腕を伝ってぽたぽたと鮮血が滴り落ち、拓の手元を赤く濡らしていく。


「背中を見せてください! わたしを庇ったせいで破片が刺さってるのかもしれません」


「そんなことないって……だって、痛みもないし」


 そう返した拓だったが、突然意識を手放し、満里奈の膝の上に倒れ込む。


「狭山くっ――――…!!!?」


 拓の背中を見た刹那、満里奈は言葉を失った。予想していた以上に拓の背中にはガラスの破片が刺さり、白いシャツがじわじわと赤黒く染まっていく。


「拓っ!!!!」


 今にもパニックで泣き叫びそうになった満里奈の目の前に見知らぬ女性が現れた。その後ろからは、拓とよくいる博と文也も駆けつける。


「拓っ、しっかりしろ!!」


「ひどい怪我だよ。保健室に連れて行かなきゃ駄目だ!」


「拓をお願い。わたしは満里奈さんを安全な場所へ連れて行かないと……」


「分かった」


 アキの言葉にどこか表情を曇らせながら、博は拓を勢いよく背負う。

 保健室へと走っていく博と文也を見送ると、満里奈は再び名も知らない彼女へと目を向けた。


「あの、あなたは……?」


「わたしはアキ。けど、これ以上のことは説明してあげられない。今すぐあなたをここから離さないといけない……満里奈さん、わたしと一緒に来てくれますか?」


 そう言って手を差し伸べたアキに、満里奈は迷うことなく自分の手を重ねた。


「分かりました」


 立ち上がった満里奈は心配して駆けつけてきた先生や騒ぎで集まった生徒たちの間を潜り抜けながら、アキが手を引く方へと走り出す。その方向は保健室とは反対方向だった。


「狭山くん、大丈夫でしょうか?」


「あの傷なら命に係わることはないわ。それよりも、あなたに何かあった方が問題なの……騒ぎが落ち着くまでは隠れててくれる? 必ず後で説明するから」


「……はい」


 アキは一階の端にある化学準備室へと満里奈を誘導する。

 4.5畳ほどしかない狭い空間。壁中に実験に使う道具や資料などが整理された棚が並べられ、唯一ある窓も黒のカーテンで遮られていた。光のない薄暗い空間のせいか、夏なのに少しひんやりとする。


「満里奈さんはここに居て、決して動かないで。わたしが来るまで鍵をかけて、誰が来ても開けないようにして……わかった?」


「あの、いつまでいればいいんでしょうか?」


「拓の様子を見て問題がなければ、相田さんと宮下さんを連れてここへ戻ってくるわ」


「そうですか」


 アキがそっと満里奈の手を握る。


「心配しないでください。あなたを守るのが目的なので、わたしを信じてください……必ず戻ってきます」


 今朝会ったばかりの知らない女性。うちの制服を着てはいるが満里奈には全く見覚えもなく、信用しろというにはあまりにも情報が足りなかった。けれど、彼女の瞳に曇りなどなく、嘘はないと感じ取れる。満里奈は信じてみようと、その手を握り返した。


「分かりました。ここで待ってます」


「あと、保健室に行ったら消毒液とか持ってくるけど……」


 そう言いながらアキは絆創膏を満里奈に手渡す。


「今はこれで我慢して」


 太ももや頬の切り傷を気遣っての行為と分かり、満里奈はふんわりと笑顔を見せる。


「アキさん、ありがとうございます」


 アキは微笑み返すと、静かに部屋から出て行った。そして、満里奈は言われた通り鍵を掛ける。


「狭山くん、どうか無事で」


 満里奈はひとり、ドアの前で手を組む。

 しばらくして、頭上から校内放送が鳴り響いた。


『今朝、なんらかの原因で玄関側の階段・踊り場にてガラスが割れるという騒ぎがありました。付近にいた生徒数名が怪我を負いましたが、全員軽傷とのことです……しかしながら、窓が割れた明確な原因が分からないため、本日の授業は取り止め、校内全ての窓を点検することが決定しました。なので、生徒は速やかに帰宅し、学校からの連絡を待つようお願いします。繰り返します……』


 満里奈はそれを聞きながら唐突に思った。


 ――あれは、人の手によるものなのではないだろうか。


 ガラスが割られる前に守ってくれた拓はその危険を知っていた。その危険はなんらかの形で自分自身に関係している。

 満里奈は急に恐怖を感じ、震え出す体をどうにか止めようと手に力を籠め、また祈った。


(どうかこれ以上、誰も傷つきませんように……)

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