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転生したらブラコン気味の妹と旅することになった件

 妹同然に思っていた幼馴染みを亡くした宮崎征斗(みやざき せいと)は、失意の中で彼女の復讐を試みるもそのまま命を落としてしまう。次に目を覚ましたとき、征斗は見知らぬ王国で名家の次男としてまさに誕生するところだった。優しい両親や兄、そして自分によく懐く双子の妹と共に以前の人生では考えられなかったような幸福感のなかで育ち、心の充足を覚える征斗であったが、兄・ジークが王都で失踪したことをきっかけにその平穏な生活は次第に変わっていくことになる……。


※ 書き出し祭りでは転生前のパートを公開しております。

 すっかり冬の顔に変わった夕暮れの空が、通り過ぎるビルや団地に切断されていく。いくつかの影を越えるうちに空は暗くなって、さっきまで遠くに見えていた山もすっかり宵闇の向こうに隠れてしまっていた。

 アナウンスと共に電車が停まり、僕はいつもの駅で降りて帰路に着く。それで今日も家に帰り、明日に備えて眠るだけ……そう思っていた。

 視界に入ったのは、白い息を吐きながら児童公園のベンチに座り込む高校生くらいの子。何をしているのだろう、あまり凝視するものではないと思いながらも異様な暗さを帯びたその姿を横目で見ていたとき。


「あれ、お兄ちゃん?」

 ふと声をかけられて僕はペダルを漕ぐ足を止めた。その声に、聞き覚えがあったから。

 近付いてみると、やっぱり。

 ベンチにいたのは松本叶(まつもと かなえ)。近所に住む少し年下の少女で、昔は妹のように思って一緒に遊んでいた相手だった。今はまだ高校生かもう卒業していたんだったか……僕の就職を機に会うことも減り、たまに来るLEINに返信するくらいになっていた。家族仲が良好とは言えず息苦しさを感じていた当時の僕にとって、叶はそれらを忘れさせてくれる唯一の存在だった。叶にとっての僕もそうだったらしく、時間が許す限り一緒にいた時期もあった。けれど今ではLEINもほとんど来なくなって、僕から叶を気に掛けることもなくなっていた。だから最近どうしていたのか、僕にはわからない。

 久しぶりに出会った叶は左目に眼帯をつけていて、その周りには青黒い(あざ)ができていた。だが、叶は気にも留めない様子で僕に笑いかけてくる――それが何となく怖かった。

「久しぶりだねお兄ちゃん、最近どう?」

「どうしたんだよ、叶……っ!!」

「どうしたって?」

「怪我! 何だその怪我、またおじさんか、それともおばさん!?」

 よく一緒に過ごしていた頃のことを思い出す。叶の両親はいつも、何か理由をつけて叶に暴力を振るっていた。出会った頃は泣いていたのが少しずつ薄い表情になり、最後には当たり前のように両親の所業について語っていた叶の姿が、フラッシュバックのように浮かんでくる。けどそれはもう解決したはずじゃないのか……!?

 叶はゆっくり首を振って、「違うよ」と返してきた。


「警察来てから、パパもママも腫れ物扱いだもん、叩かれないし、怒鳴られないし、話しかけられないし、何もされないよ。逆に苦しいくらい」

「じゃあ誰が、」

「わたしのね……旦那様」

「だ、旦那様?」

 少しはにかみながら「うん」と頷く叶。なんだ、旦那様って……表情から察するに『旦那様』というのは、まさか結婚……いやそれだったらいくらなんでも僕の耳にも入るだろうし、それにまだそんな年齢じゃ……! 「お兄ちゃん驚き過ぎ」と笑われて我に返ると、目の前には痣に左側を覆われた叶の顔が。

「――――っ、」

「やっぱお兄ちゃんも怖いよね、これ」

 思わず後ずさりした僕に、叶が優しくさえ見える笑顔を向けてくる。何も言い返せずにいると、「これね、一昨日されたの」と思い出を振り返るような声音で話し始めた。


「わたし、旦那様につい『いや』って言っちゃってね? そしたらぶたれたんだ。仕方ないけど、痛かったな……。怖かったし、ちょっと泣いちゃったし」

 なんだよそれ、なんだよ、それ……!

 いやと言ったら叩かれた? 泣くほど、恐怖を覚えるほど、叩かれたっていうのか!? 目の前が真っ赤になるような思いで叶の話を聞くしかなかった。耳から入るのはアプリを使って出会った『旦那様』との同居生活――いや、そう呼ぶには叶の権利を(ないがし)ろにした生活のこと。両親から受けていた虐待と似たこと、それ以上のこと。聞くに堪えないような、思わずコートに隠れたその身体をまじまじと見つめてしまうような扱いの数々。

 叶に重なる、かつてのあどけない笑顔を踏みにじる行いの数々を本人から聞かされるのは苦しかった。今にも喉から血が噴き出そうで、心臓も右往左往していた。

 そんなことを叶がされていることにももちろん、それを叶が平然と話していることにも腹が立った。どうしてそんな風にしていられる? どうして前みたく抵抗しない? どうして、どうして――頭のなかで疑問符が駆け巡る。けれど何か怒ればいいのか、何か尋ねればいいのか、僕自身の中で整理できそうになかった。

 だけど、ひとつ言えることはあった。

「そんなの、おかしいだろ……」

「おかしいって何?」

 一転して冷えた声が返ってきた。


「おかしいって何が? 旦那様はわたしの好きな人なんだよ、好きな人と一緒にいたいのがおかしいの?」

「好きな人って……、叶そいつからどんな扱い受けてるか、」

「そいつとか言わないでよっ!!」

 叫んだ叶の声は、今まで聞いたことないような怒気を孕んでいた。両親からの虐待の痛みを訴えているときにも恨みがこもった瞳をしていたことがあったが、今、叶はそのときと同じ目で僕を見つめている。


「旦那様はね、仕事がとか距離がとか未成年だからとか、そんなこと言わずにわたしをあの家から助けてくれたの。わたしが会いたいって言ったら会ってくれたし、寂しいって言ったら泊まらせてくれたし、わたしもわからないわたしのこともちゃんとわかってくれてるの。お兄ちゃんはそうしてくれた? 会社に入ってからもそうしてくれてた?」

「いや、でもそれは、」

「だから、お兄ちゃんはもう口出さないで。旦那様がわたしを助けてくれたんだから、わたしも恩返しするの。その為なら我慢だってするし、努力だってするんだよ」

「叶、でもそれって違、」

「口出すなって言ったよね?」

 苛立ったように立ち上がった叶の目は、やはり僕を刺すように鋭く燃えていて。

「口だけ優しいお兄ちゃんにはわかんない……ううん、わたしもわかってなかったけど、やっとわかったんだ、わたしに必要だったのは強引にでも引っ張り出してくれる人だって。もうそういう人がいるの。幸せなんだから、おかしいとか絶対言わないで」

 バイバイと小さく呟いたきり、一度もこちらを振り返らずにどこかへ歩いていく叶。僕はただ呆然とそのふらついた足取りを見送るしかできなくて。その翌朝のニュースで、叶が近所の団地で死んだことを知った。


 音が消えるという感覚を経験したのは、それが初めてだった。だが、叶について読み上げる声はしっかり聞こえてくる。

 団地の屋上から飛び降りたらしいこと、全身に複数の痣があり、日常的に暴力を受けていたと見られること、遺書があり自殺だと思われること、それらを伝えるともう次のニュースへ移ってしまった。

 何事もなかったかのように続いていくニュースを見ていられず、テレビを消した。それ以外何もできなかった。ただ呆然と、少しずつ熱を帯びていく朝の空気に触れていることしかできずに、いつしか数日が経っていた。どうやって辿り着いたのか、気が付けば僕は叶がいたと思われる団地にいた。叶が飛び降りたと思しき場所には花束が置かれ、傍には寄せ書きだろう、中身のない言葉ばかりの色紙があった。この中の誰かひとりでも叶と深く関わってくれていればこうならなかったのではないか――恨みがましいし見当違いとはわかっていても、そう思わずにいられなかった。

 叶の実家は持ち家だ、きっと団地にあるのは『旦那様』とやらの部屋だろう。あとはそれを探すだけだと思っていたとき。


「お、まだ見舞うやつとかいたんだ。なに、アンタそいつ買ってた人?」

 背後から聞こえたのは、怠惰さの窺える低い声。振り返った先にいたのは、細身で背の高い男だった。男は僕を見て、獲物を見つけた獣にも似た目をして笑った。

「ちょうどいいや。叶のやつ死んじゃってさ、俺金ないんだよね。もうあいついないし今までの動画とか売るつもりなんだけど、嫌ならお金ちょうだいよ。アンタ映ってるの消しといてやるから。値段はそうだな~」

「お前か」

「あ?」

「お前が叶を……!!」

 この男だ、この男が叶を変えてしまったのだ! 怒りや黒い衝動が込み上げて、心臓が熱く冷える。しかし目の前の男は、一瞬呆けた顔をしたあと笑い出したのだ。


「あぁそう、アンタがお兄ちゃん?」

 男は更に笑う。

「懐かしいなぁ、最初の頃よく泣きながらアンタのこと呼んでたっけ! ウザかったから“お兄ちゃん”出るたびに殴ってたらいつの間にか言わなくなってて、何かもう口にするのも嫌みたいな? たぶん“お兄ちゃん”と痛いのが頭んなかでセットになったんだろうな、ははっ、面白!」


 何かが、僕の中で切れた。

 冬の風が頬を撫でる、ここが屋上だと伝えるように。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

「は、」

 呆けた顔の男の上体を、屋上の柵に押し付ける! 驚いたように抵抗してくるがもう遅い、もう落ちろ、そのまま落ちろ!

「お前が殺したんだお前が叶を殺したんだ! 償え、今すぐ死んで償え!」

「は!? だからあいつが勝手に死んだんだって! やめろ、やめろよ俺じゃねぇって、」

「それがお前のせいだろ、お前がっ、お前が!」

「っせぇんだよ、アンタも見捨てたんだろうが、あいつよく言ってたぞ!」

「言うわけないっ、そんなことを叶がっ!!!」


 白々しい嘘を――その怒りが、最後のひと押しだった。

 男の情けなく怯えた声、柵を支点にぐるりと回る視界、頭に血が上っていくようなふわりとした感覚、全身に感じる空気抵抗、どんどん近付く地面。


 こいつを逃がしてはいけない。

 もがく男を抱き締めながら、強く思った。


   * * * * * * *


 うまれました、男の子と女の子です!

 遠くからそんな声が聞こえた。

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