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『追放? 一方的な解雇通告は、ギルドの規約違反ですので受け付けておりません』

 交易都市の冒険者ギルド支部。


 そこには、堅物で杓子定規と有名な職員がいた。

 相談窓口の万年助手である彼は、今日も一方的な追放を望む冒険者を、規定違反だと突っぱねる。


 そんな中、高位パーティーに無理に入っては解雇されている、問題児のEランク少女が窓口に現れた。

 身の丈に合わない行動を諌める職員に、少女は言う。


「最高位の冒険者だけが行ける『天空の城』に行きたい」のだと。


 問題を抱えた低ランク冒険者の夢物語を聞いた職員には、ある話が舞い込んでいた。


 ーーー人手が足りない『天空の城』支部への転属。


 杓子定規な職員は、冒険者の助っ人として同行を許される【助手】の資格試験に、歴史上唯一『冒険者経験なし』で合格した前代未聞の男だった。


 『冒険者の権利と命を守るために存在する』というギルドの基本理念に、誰よりも忠実で規格外れな職員は、一人の少女を救うために行動を開始する。

  

 誰も彼も、まるで何も分かっていない。


「追放? 一方的な解雇通告は、ギルドの規約違反ですので受け付けておりません」


 とある交易都市で、冒険者ギルドの相談受付を担当しているツーフンクト・ボンジンは、目の前に立つ冒険者にそう告げた。


「ギルド規定第一条二項に記されています。冒険者はギルド登録の際に規約に従う署名をなさっておられますので、解雇は離脱者の合意を得なければなりません」


 相談窓口業務は様々な問題が持ち込まれる、報酬支払いや依頼受付よりも面倒な仕事だ。


 合意を得て改めてお越し下さい、と伝えると、相手がゴネ始めたのでボンジンは淡々と説き伏せる。


「合意を得ない場合の条件も、規約に書いてあります。それと離脱に際しては、今までに得た報酬、功績、現在の資産を鑑みて、基本的に等分となります」


 五人いれば、五等分。


 優れた装備や高価な財宝を得ていたりすると、それを売り払ってカネを工面することになる。

 そうした事情と共に、ギルドで管理している『追放したい』という人物の功績を説明すると、相談者はポカンと口を開け始めた。


「アイツ、そんなことまで……ギルドは、それを評価してるのか?」

「はい。ギルド職員と規定は、全ての冒険者の権利と、その命を守る為に存在しています。故に、全ての行動を評価対象とします」


 当然の話だ。

 相手の役割を理解せずに『戦闘の役に立たない』などの理由で解雇しようとする者は、後を絶たない。


 それが甘い考えだと理解させるのもまた、相談窓口の役割だった。

 人は嘘をつき、感情でモノを語るが、記録された個人の行動は嘘をつかない。


 人格や相性がどうだろうと、それまでのパーティーへの貢献は正しく評価されなければならないのだ。


 待っていると、相談者は、やがてポツリと言葉を漏らした。


「……もう一度、考え直してみるよ」

「良いことです。不満があるのなら、話し合うのも大切かと。それで解決しないのなら、合意の元、離脱に関する対応を致します」

「ああ……」


 冒険者は基本的に規定を読んでおらず、書いてあることを一方的な意見で覆そうとする。

 論理的にも道理的にも通らないのに、だ。


 人の感情とは面倒なものだ、と思いつつ、ボンジンは簡潔に今の内容を纏めた。


「次の方」


 待合に声を掛けると、続いて現れたのは、キツい目つきをした褐色肌の少女だった。


 黒髪をショートに切り揃えているが、右耳の後ろ辺りだけ伸ばして、赤いリボンと共に細い三つ編みに編み込んでいる。

 それを尻尾のように揺らしながら、バン! とカウンターに書類を叩きつけた。


 同意書を書いて来る冒険者は珍しい、が、物を壊すような行為はいただけない。


「一方的な解雇通告は、規約違反ですので受け付けておりません」


 片方の署名しかないので、そう指摘すると。


「私が一人で離脱するんだから、問題ないでしょ!? 資産分配なし、って文言も入れてるわよ!! 杓子定規の万年助手!!」

「一応、伝えるのがマニュアルなので」


 その少女は、顔馴染みだった。


 アイオーン・コトラというEランク冒険者であり、パーティー離脱を申告しに来るのは、これで通算、十回目だった。


「また、パーティーから抜けろと言われたので?」

「そうよ、悪い!?」


 憤懣やるかたない、といった様子で肩を怒らせるコトラに、ボンジンはため息を吐いた。


「自分よりランクが上のパーティーに入るのを、いい加減やめては? 身の丈に合わない行動を取ると、最悪死にますよ」

「あなたに関係ないでしょ! ただのギルド職員のくせに!」


 キー! と地団駄を踏んで、彼女はこちらを睨みつける。

 難儀な少女だ、と思いながら書類を書きつけつつ、ボンジンは言い返した。


「関係はありますよ。あなたの書類手続きという、余計な仕事が増えてます」

「次はクビにならないわよ!!」

「なる確率の方が高いと思いますが」

「いちいち言い返して来るな!」


 コトラの声が大きいので、周りの目線がこちらに向いている気配がする。


「何故そんなに高位パーティーに入りたがるのです? 八つ当たりの詫びに、答えていただけると幸いですが」

「ッ……『天空の城』に行きたいのよ」


 図星だったのか、一瞬言葉に詰まった後。

 コトラの口にした返答に、ボンジンは書類に目を落としたままピタリと手を止めた。


「……天空の城?」

「そうよ! 全ての冒険者の憧れ! 外生まれだと、最高ランクの冒険者の中でも選りすぐりの戦士達だけが本拠を構えるのを認められる、この帝国の首都よ!!」


 すると、『お前なんかが行けるわけねーだろ……』という嘲笑が待合から聴こえ、コトラがギッ! と後ろを睨みつけたので、先んじて告げる。


「ギルド内での喧嘩は規則違反ですよ。手続きは終わりました。他にご相談は?」

「あるわけないでしょ!!」


 差し出した解雇証明書を奪うように手にして、彼女はその場を後にした。


※※※


 その後、定刻に仕事を終えたボンジンは、更衣室でギルドの制服を脱ぎ、ワイシャツの袖を捲りながら鏡の前に立った。


 度の入っていない黒縁メガネを外し、下ろしていた髪を軽く上げてセットし直すと、目つきの悪い、無愛想な自分の顔が映る。


 コトラのことを言えた顔ではない。


 そう思いつつ、チェーンで繋がったカフス・ピアスを左耳に付けて更衣室を出ると、そこに年齢不詳の美貌を持つ女性ギルド長、ルイダが立っていた。


「相変わらず、仕事中と全然違うわね。良い男だこと」

「公私は基本的に分ける主義なので。何か御用ですか?」

「この間の話、考えてくれた?」


 妖艶な笑みを浮かべる彼女に問われて、ボンジンは微かに眉根を寄せた。


「『天空の城』支部への異動、ですか……」

「そう。貴方は優秀だし、向こうは人手が足りてないから」

「評価されるのはありがたいですが、俺にとっては左遷と変わりませんね」


 異動すれば、仕事が忙しくなり、その分報酬が増える。

 しかしボンジンは、今の生活や報酬に不満がない。


 つまり話を受ける理由がない、のだが……。


「条件付きなら、引き受けますよ」

「条件?」

「冒険者登録してパーティーを組もうと思っているので、それが成立すれば」

「……意味が分からないんだけど、何故?」

「極めて個人的な事情ですね」


 答えるのを拒否すると、彼女は目を細め、豊かな胸を押し上げるように腕を組んだ。


「ふぅん……引退してギルド職員じゃなくて、掛け持ちなんて前代未聞だけど。それも〝助手〟が」

「職員や助手の資格持ちがパーティーを組んではならない、という規定はありませんね」


 助手、というのは、職員の階級ではなく、個人資格である。

 冒険者パーティーの助っ人として同行できるだけの実力を備えていることを試験で認定されれば、取得出来る。


 受験条件は三つ。


 Aランク以上の冒険者に匹敵する実力を持っていること、魔性と呼ばれる最高位の魔物を倒した経験があること、ギルド公認の探索技能を全て取得すること、だ。


 ボンジンは、冒険者経験を経ずに資格を取得した、歴史上ただ一人の人間だった。


「職員が特定のパーティーを優遇して依頼を回せば罰則がありますが、正規の手続きを踏んで依頼を受ける分には問題もないはずです」

「そうね。アタシとしては引き受けて欲しいから、うまく行くのを願っておくわね」

「相手次第ですので、何とも。では、失礼致します」


 ボンジンが軽く頭を下げて、ふわりと花の香りを漂わせる彼女の横を通り抜けると、背後から声を掛けられた。


「本当に、冒険者になるの?」

「万年助手、という侮辱を受けましたので、なってみようかと思いましてね。誘う相手は、その少女です」

「……問題児コトラを?」

「ええ。ですが、一つだけ訂正を。問題があるのは彼女の行動ではなく、そうするに至った『原因』の方です」

「?」


 不思議そうなルイダの気配を背中に感じながら、ボンジンは薄く笑みを浮かべる。


「人の行動には、全て原因がある。それを見極めるのも職員の務めです」

「仕事熱心ね」

「いいえ。俺はただ、ギルドの理念に共感しているだけですよ」


 外に出たボンジンは、シャラン、と耳元で鳴るピアスチェーンの音を聞きつつ、夜の喧騒を歩く。


 公私は基本的に分ける主義だが、職員の立場では、相談されないと解決出来ない問題をコトラは抱えている。

 それも、早急に解決されてしかるべき問題を。


 ボンジンは、それを知っていた。


「……感情、というのは、面倒なものだ」


 誰も彼も、分かっていないのだ。

 感情によって、人は容易く正常な判断力を失ってしまうのを。


 相手の行動の意味と内容を理解していれば、軋轢など起こりはしない。


 有能な者を、パーティーから追放しようとはせず。

 関係のない厄介ごとに、わざわざ首を突っ込もうとはしない。


 感情さえなければ。


 だがボンジンは全て分かった上で、それでも行動する。


 『全ての冒険者の命と権利を守る』という、ギルドの基本理念。


 それがただの建前だと大半の者は考えるだろうが……ボンジンにとって、その理念は。



 ーーー自分の心に初めて響いた、行動の指針だった。



 初めて目にした瞬間に、そう在りたい、と、願ってしまったのだ。

 問題を放置する、という選択に、ボンジンの感情は納得しない。


 ギルドや規律は。

 そして、ギルド職員……ツーフンクト・ボンジンという男は。



 ーーー冒険者を守る為に、存在しているのだから。


 

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