未熟賢者のラクガキ魔術《マギアート》
僻地の村に住むスオウは、成人の儀式で【賢者の知識】を得るが、修得におすすめなスキルとしては【素描】を示される。
戦闘でも魔法でも、生産ですら無い、工芸スキル。
村の者にはハズレと言われたが、彼はそれに注力すると宣言した。
だが村にはろくな道具も、教えてくれる者も存在しない。
そのため悪友たちと街に出て、冒険者として金を稼ぎながら独学することを志す。
当初は魔法が使えず剣も伸び悩んでいたが、賢者の知識により素描スキルを発展させたことで、それらの能力も上がっていく。
これは、こつこつとクエストをこなしながら、お絵書きスキルを上げて行く、そんなスオウの物語である。
世界は無数にある。こことは違う人々が住み、異なる技術や文化が栄えている別の世界。そういった場所がいくつも存在するのじゃ。
誰かがぼくに語りかけていた。歳をとった男の声だ。
ぼくは聞いてみる。
「他の国のこと?」
『いいや、もっと大きな単位だ。徒歩や馬車、船などで移動できる、すべての場所を世界と言う。異世界は、そのような移動ができない全く別の場所じゃよ』
「ふうん。想像もつかないや」
『今はわからなくともよい。ワシはその異世界から、この国にやってきた』
目の前にじんわりと、老人の姿が浮かび上がる。
「あなたは、一体……?」
『ワシは賢者だった。そして百年以上前に力尽きた』
「賢者ミヤザワ?」
『まだ伝えられておったか。ワシはここに魂を残し、こうして会話ができる者に、ワシの持つ異世界の知識を与えている』
それを聞いて、ようやく思い出した。
ぼくは降賢の儀の最中だった。
村にある祠の奥の、小さな石室。
そこにある、にじむように光る輝石。
成人になるとそれに触れて【スキル】を授かる。それがこの儀式だ。
習わしに従ってぼくは輝石に触れた。
途端に部屋が真っ白に光り、気づいたらこの空間にいたのだ。
「そうだ、スキルを与えてもらえると聞いていました」
与えられるのは知識ではなくスキルのはずだ。
『ワシを認識できない者には、道を示すのがせいいっぱいじゃからな』
「ぼくみたいな人も、いままで居たんですか?」
『十数年に一人と言ったところかの。しかし魔力も尽きかけておってな、お主で最後になりそうじゃ』
「ぼくが、最後……」
『さて、これからワシの記憶を送り込む。ちぃっとばかり負荷がかかるぞい』
周囲の輝きが激しくなったので、思わず目を閉じてしまう。
そのまま、頭の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。
言葉を発することもできず身を任せていると、やがてその流れが止まる。
ふっと目を開けると、元の景色が見えた。石室から移動していたわけじゃなかったんだ。
「頭が……くらくらする」
痛む頭を片手で押さえ、もう片方の手で金属板をつかんだ。
儀式は終わったのだ。
◇
ふらふらと祠から出ると外は明るく、ぼくは目をしかめた。
同時に「出てきたぞ」「ずいぶん時間がかかったな」といった声が耳に入ってくる。
儀式に集まった村人である。
その中の一人が近づき、声をかけてきた。
「スオウ、授かったのか?」
父さんだ。ぼくは金属板を持ち上げる。
「うん、なんとか」
ぼくはよろけたが、父さんに受け止められた。
「そうか、おめでとう」
スキルを授からない者もいるので、心配してくれたのだろう。
背後からも声がかかる。
「おめでとう、スオウ。これでお前さんも大人の仲間入りじゃ」
「村長、あ——」
ありがとうございますと返そうとした時、近くに居た少年が独り言をかぶせてきた。
「なんだ、ふらふらじゃないか。大したこと無いな」
彼は村長のせがれだが、なぜだかよく絡んでくる。
「ラグルス、そう言うでない。輝石からのお告げが馴染むまで、時間がかかる者もおる」
村長は彼をたしなめると、儀式の継続を促した。
「細かい話は後じゃ。さ、次はタウロの番じゃぞ」
「よっしゃー、行ってくるぜーっ」
悪友がいつもの調子で腕を振り回していた。
つい口元が緩む。
「ああ、行ってこい」
ぼくは片手で頭をおさえたまま、笑みを浮かべる。
「おうよ!」
◇
この村では不定期に「降賢の儀」が開催されていた。
儀式を受ける者の家族と村の重鎮が中心となり、手の空いている者が来観する。
祠から少し離れた木々のあたりで、フードをかぶった少女が隠れるように様子をうかがっていた。
彼女はスオウが無事祠から出てきた様子に、ほっと胸をなでおろす。
「よかった……」
やがてスキルを授かった者たちが、祠の近くにある集会場に移動した。
その場所で、儀式の後半としてスキル名の発表を行うのだ。
フードの少女も、そっと会場の外周に向かった。
◇
「それでは結びの儀を始める」
壇上で、村長が声を上げる。
その横に、ぼくを含め「降賢の儀」を終えた十名程度の少年少女が、かしこまった様子で椅子に座っていた。
壇の下にも椅子が並び、村の重鎮や関係者が座っている。
また会場の外周には見物の村民が取り巻き、ぼくらを眺めていた。
村長の発声は、ざわついた空気を厳粛な物へと変えた。
そして、スキルに関する注意が説明される。
金属板は身分証となり、今後単独で村の出入りが可能となる。
それを所持していれば、村のダンジョンに入る事ができる。
記されたスキルは推奨される技能であり、スキル自体を修得しているわけではない。
今後は金属板を通じて、賢者の叡知が与えられる事がある。
……。
「多すぎて覚え切れないな」
ひそひそとタウロが話しかけてきた。しかしその声は、彼が思っている以上に大きい。
「タウロ!」
村長の叱責が飛ぶ。
「ひっ!」
「まったくお前は、こういう時ぐらいおとなしくできんのか。もっとも、お前の頭じゃ覚え切れんのも当然だろうがな」
タウロは少しむっとし、周囲からは忍び笑いがかすかに上がる。
「まあ心配するな。今後はお主らの親や師匠となる者が、都度教える事になっておる。追い追い覚える事になろう」
タウロ以外の参加者からも、ほっとした空気が流れる。
「さて、説明は以上じゃ。次は各々のスキル紹介じゃな」
結びの儀は、村民に対して誰がどのようなスキルを授かったかの紹介も兼ねている。
スカウトが行われたり、弟子入りを勧められたりするらしい。
一人ずつ席を立ち上がり、授かったスキルを報告する。
「裁縫でした」「農耕らしいです」「俺は剣だったぜーっ」などの発表に、村人達が「ふむ」「おお」などと反応しながら拍手をする。
そしてぼくの番だ。
ぼくは知識を与えられただけでなく、スキルも示されていた。
通常だとスキルの説明をお告げとして受け取るらしい。
でもスキルについて何も聞いていないぞ?
知識をもとに考えろということかな。
頭痛で考えがまとまらないまま、立ち上がって報告する。
「えっと、そ、素描でした」
会場がざわつく。村では耳にする者が少ない単語である。不思議そうに顔を見合わせたり、首を捻る者もいた。
村長の説明が入る。
「工芸スキルじゃな。絵を描く、スキルじゃよ」
それによりざわつきが大きくなった。
「工芸って?」「聞いたことねえぞ」「ハズレじゃない?」「生産スキルですらないって……」「食っていけないんじゃ」などと漏れ聞こえる。
村長の息子ラグルスも皮肉を放つ。
「おいおい、勇者の息子が工芸スキルかよ。それじゃ戦力としては期待できないな」
父は勇者を引退した後、村の防衛団を率いている。
ぼくもいずれは冒険者になったり、団に入るのかなと思いながら、父に稽古を受けていた。
でも最近は伸び悩んでいる。相変わらず魔法は使えないし、剣技もずいぶん上達していない。
素描スキルを示されたことは、ぼくにとって戦闘は向いてないと言われたのも同然である。
団員になるどころか、冒険者となるのも厳しそうだ。
彼はさらに、追い討ちをかけるよう続けた。
「そんなわかりづらい呼び名じゃなくてさ、落書きでいいんじゃないか? そうだ、お前は今日から落書き士だ! 良かったな!」
観客の中にラグルスの取り巻きが居た。
彼らはここは盛り上げる所だと大声をあげる。
「落書き士! 落書き士!」
◇
遠巻きに見ていたフードの下で、口が小さく開く。
「そんな……」
彼女もスオウの魔法や剣技の不調について知っているのだ。
◇
村長の声が響く。
「静かに! 知っての通りスキルは推奨される技術であって、それしか使えないわけではない!」
ざわつきは小さくなったが「でもそれじゃ大成は期待できないよな」「かわいそうに」といったつぶやきが、よけいに通る。
「ざけんなよ! こいつは剣スキルの俺より強いんだ!」
タウロが発声元を探すように見渡しながら、つばを飛ばした。
彼はぼくと一緒に稽古をしている。
現時点でぼくはタウロに拮抗しているが、今後差が開く事が容易に推測できる。
彼もそのことに気づいているのだ。
客席には「すぐに追い越される」「スキルがなければ伸び代は少ないしな」などの声も残っていたが、タウロの睨みもあってか、やがて静まった。
そして、重い空気が流れる。
「ありがと、タウロ」
ぼくはふっと息を吐くと、彼に微笑んだ。
「誰も知らないなんて面白そうじゃん。気に入ったよ、このスキル。ぼく、やってみる!」
なぜか会場の空気が軽くなった気がした。
見ると毒気を抜かれたように頭をかく者や、脱力して苦笑している者もいた。
続いてまばらに拍手が始まり、やがて盛大な渦となる。
「おめでとう!」「お前ならやれる!」「やってみろよ!」「応援するぜ!」
なぜかその日一番の激励と称賛が、会場を埋め尽くしたのだ。
単に思ったことを口にしただけなのに。
タウロが講堂全体の様子を眺め、嬉しそうな顔で鼻をこする。
その姿を見ながら、ぼくは意識が薄れていくのを感じた。
「スオウっ!」
少女の悲鳴にも似た声が、倒れつつあるぼくの耳に響いていた。