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灰の世界と永遠の魔女

灰と化した世界で一人生き続ける不老不死の魔女の話。

彼女は誰もを魅了する美しさを生まれ持った。

そして、神に愛された魔女は失った記憶を辿り、想いに縋る。いつまでも、いつまでも独りきりで――。


――世界から色が抜け落ちていた。



生い茂る草葉の緑も、人々の叡智の赤も、生命の源の青も、全てが灰となっていた。

その灰を踏んで、ただ前へ進むのは純白の女。

彼女の持つ天上の美貌はベールに包まれ、露出がほとんど無い。

よく目を凝らせば見えるが、周囲に浮遊する数多の精霊だけが、彼女を淡く彩り、彼女を支え、ここまでやってきた。

箱庭の世界の中心で、彼女は天を仰ぐ。



「……ようやく、全てが――!」




彼女の名はスズリカ・ルドリーベ。


今、過去の記憶を辿る旅を終わらせて、失った全てを再び始める。

彼女は、神に愛された唯一の『魔女』だ。








▷▶︎▷







「モノ、愛しているわ」



スズリカは眼前の男に愛を囁き、甘い口付けをした。頬を桃色に染めて幸せそうな顔で毎朝の逢瀬を心から楽しむ彼女も美しい。彼女にモノと呼ばれた金髪の彼は、この世界を創りし唯一の神である。彼は無から有を創り出し、彼の前に不可能は存在しない。



「僕も愛してるよ、スズリカ。今日も綺麗だね」



そう言うとモノは人間のような柔らかな笑みを浮かべ、スズリカの軽い身体を抱えて立ち上がった。そして、全てが純白の衣装部屋で互いに服装をコーディネートする。

今日は、世界樹と呼ばれる天空に浮かぶ大樹の手入れをする大切な仕事があるのだ。これは唯一モノにお願いされた事だ。その為、優美さよりも機能性を重視したパンツスタイルに着替え、軽い朝食をとり、いよいよ外へ出ようとしていた。天空は地上と比べて気温がかなり低いため、コートや防寒具は必須だ。



「スズリカ? どうしたの、ぼーっとして。珍しいね」


「なんでもないわ。ちょっと……そう、あなたに見惚れてただけで……っ!? ち、違うの!」



実際はマフラーの収納場所を思い出そうとしていただけなのだが、適当な言い訳をして更に取り繕うために早口で誤魔化すように言った。手をバタバタと振って否定の意、耳まで赤くなって目を伏せる。普段は取り乱すことが少ないスズリカの慌てて混乱する表情は珍しい。

スズリカの恥じらう姿に、モノはニマニマと笑って揶揄する。



「違うの? ほら、僕ってカッコよくてスズリカの隣に並べるただ1人の男じゃん?」


「いいえ! そうじゃなくて……」



しかし、その幸福の停滞を天は許さなかった。

突然、白髪の混じった赤髪の中年の男が部屋の扉を蹴破り、激しい怒号を2人に浴びせた。



「――らぁっ!スズを返しやがれ! 神が相手でも俺は引かねえぞ!」



その場の空気が冷えていくのを感じた。モノは先程までの柔和で優しげな笑みではなく、氷点下の冷酷な瞳で侵入者を見つめる。



「……へえ、威勢がいいね。僕達の時間の邪魔をした君への重罰は僕が直接下そうか」



スズリカは自分を“スズ”と呼ぶこの男を知らない。――否、覚えていないのだろう。未知への恐怖から身体が硬直するのを感じて、モノの広い背中に隠れる。反射で後ずさったスズリカを見て、悲嘆と驚愕の混ざった表情をした男。その表情を見るに、以前の自分は男と親しい間柄だったのかもしれない。



「スズ、君は変わってねぇな……さっさと村に帰ろう――」


「お断りよ。――私は、スズリカなの! スズなんて知らないわ!」



差し出された手を払ったスズリカの激しい拒絶の意志に、男は皺の刻まれた顔をクシャクシャにして目尻に涙を浮かべた。男のドアを蹴破った時のような、昂った感情は消え失せてしまったようだった。

途端に静かになった部屋で、モノは気付く。感情の糸が切れたように大人しくなった男は、禍々しい気を放つ黒剣を手にしていた。



「……あ、もしかしてそれ、兄様? いやあ、その剣を打った人間は中々に腕利きの鍛冶師だね。褒めてあげるよ」



一度、そこで言葉を切り、スズリカを風の精霊に「何があってもスズリカを守れ」と預けてから男へ向き直る。



「でもね、スズリカが怯えてるよ? 確か君は――――そうだったね……うん、まあ、そろそろ諦めた方が良いんじゃないかな?」


「――っ! ……てめぇに何が分かる! 俺は、俺は、ずっと――っ!」


「ま、君の想いはどうでもいいけど。さあ、神罰を下そうか――!」



端正な顔を残酷な笑みで歪ませたモノがそう言った瞬間、場に緊張が迸る。そして宙を掴み、金色に輝く片刃の大剣を音も無く引き抜いた。軽々しく右手で振って扱われるその煌めきに、スズリカは目を奪われてしまう。

けれど、対峙する男は消えかけの炎を燃え上がらせてモノを鋭く睨みつけた。



「――、――――?」



何も聞こえない。2人から目は離していないはず。なのに、チラ、と振り返ったモノに、何かとても大事な質問をされたような気がした。スズリカの気の所為かもしれない。「今日のランチはどうしようか?」だとか「僕のこと愛してる?」だとか、そんな話では無いとスズリカは思う。直前の会話なのに思い出せない、不自然な記憶の欠如に不安を抱えて、スズリカを守る風のドームの中からモノを見る。


そして2人は、華麗な剣舞を披露する――間もなく、片方の命の終焉を迎えた。



「う、そよ……」



モノの背中から、剣の先端が突き出ているのが見えた。


傷口からドクドクと脈打って流れ出す黒い液体。血液ではない何かが、モノの命がそのものが流れ出ているようだった。



「ねえ、スズリカ。僕が……居なくなっても、1人で、生きていて。……きっと、また、迎えに行くから……ね? だから、泣かないで……」


「――っ! 泣いてなんかないわ! だから、居なくなるなんて嫌……っ!」



おとぎ話のように、零れ落ちた涙で傷口が塞がるはずなどない。未だ、傷口は広がり続けて純白の神衣を黒く染めている。

緩慢な動きで薬指に嵌めた金の指輪を外す。そして力の抜けた腕でそれをスズリカの人差し指に嵌める。



「――この指輪は、進むべき道を示す。きっと、君を導いてくれる……スズリカ、次の世界でも、また、君を、愛して――」


「私もよ……っ! ずっと、貴方だけを愛してる――!」



最後の贈り物を手に、モノの身体が光の粒子となって消えていく様を霞む視界で見ていた。

神を殺した余韻に浸っていた男は、声を聞いて我に返る。そして、すすり泣くスズリカの背中に手を伸ばす。



「帰ろう、スズ――――ぁ?」



伸ばした指先から、灰化が始まる。持ち主を失った剣はカラン、と金属の軽い音を立てて床に落ちた。

悲愛の涙を拭って顔を上げれば、部屋を飾る調度品や建物そのものさえ、輝きを失った灰になっているのが見えた。

目の前の出来事に呆気に取られていると、身体の平衡が崩れる感覚がした。



「落ちるっ!? いや――っ!?」



踏みしめていた床が、天空世界の足場が、気が付くと消失していた。ただ虚空へ遠ざかるだけと思われたスズリカの叫びに「守れ」と命令された風の精霊が呼応した。精霊は輝き、その場に上昇気流が発生した。スズリカの長い白髪が巻き上げられ、握りしめていた上着がパラシュートを作って宙を舞った。純白の乙女は優雅に落下していった。



「助かった……? でも、モノは……」



スズリカには世界が崩壊していく様子を、遥か高みから眺めることしかできなかった。

色とりどりの街並みが、一瞬にして灰色に変わり、降り積もった灰の山は海を、川を埋めつくす。


10分ほど経っただろうか。ようやく平坦な地に足が着いた。ごうごうと吹く風の音だけがスズリカよ存在を肯定する。

ふらつく頭を押さえて空を見上げた。あれほど存在感のあった天空世界が、消え去ってしまった。


天地全てが灰になった世界で、スズリカは独り、立ち尽くしていた。

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