魔導兵装ぷりてぃ♡みるくっ!
魔物と戦う魔導士を育成する教育機関、国立魔導第三高校に通う甘崎天祐は、魔法少女オタクだった。
魔導士の装備である魔導兵装で魔法少女のドレスを趣味で再現しようとしていた甘崎は、いつの間にか魔法工学にもどっぷりハマり、自力で魔導兵装をほぼ完成品にまで仕上げてしまった。
そんなある日、教室で高々と「勇者になりたい」と宣言するクラスメイトの美少女ギャル、海原明日香とアニメグッズ店で甘崎は出会う。なんと、彼女が目標とする勇者は、甘崎が好きな『魔法少女ぷりてぃ♡みるく』に登場する『勇者みるるん』だった。
「えー、つまりだな。魔物の討伐において、魔導兵装とは最も重要なものであり、魔法工学の観点から、一般的なそれとは根幹から異なり……おい、甘崎!」
「は、はひっ!」
情けない声を上げて、甘崎天祐は勢いよく立ち上がった。
ぐにゃっと曲がった猫背を強引に伸ばした不格好な姿勢で、周囲からクスクスと笑い声が湧き始める。
甘崎の元へゆっくりと歩いてきた教師は、教科書の下に隠されたノートを持ち上げる。
めくられたノートに描かれてあったのは。ドレスの形をした魔導兵装の設計図だった。
「あのな。熱心なのはいいが、女装して魔導士でもやるつもりか? もっとやるべきことがあるだろう」
「は、はい……」
小さな笑い声が、さらに大きくなって教室に響く。
「お前、入学時の希望は魔導士だったじゃないか」
「そうですけど。学んでみたら、意外と楽しくて……」
「兵装もいいが、まずは立派な魔導士になってからだ。いいな?」
「わかり、ました……」
ノートを受け取って、甘崎は周りの嘲るような視線から逃げるように顔を伏せる。それでも、心の奥を刺す針のような笑い声はどうしても聞こえてきて――
「せんせー! あたし、勇者になりたいでーす!」
大きく手を上げたのは、髪を金に染めて校則違反ギリギリの化粧で装飾された校内で有名な美少女ギャル、海原明日香だった。
唐突な海原の言葉に、周囲が一斉に笑い始める。
海原は数少ない魔導士志望の女子生徒らしいが、彼女の胸を張った宣言で起こる笑いは、甘崎に向けられたそれとはまったく別のものだ。
(僕とはきっと、住む世界が違うんだな……)
甘崎はそっと目を閉じ、嫌な時間が早く過ぎ去ることを願って眠りについた。
*
世界に約一万、日本には二〇ほど存在する特異点から、異界の魔物が現れてから三〇年。魔物の出現と同時に急速に発展した魔法工学によって、世界は魔物と戦う術を獲得。
後に特異点付近に魔物と戦う魔導士を育成するための教育機関として魔導学校が設置され、二〇年が経った現代。
甘崎天祐の通う国立魔導第三高校の周辺では、魔物との戦闘が日常の一部となっていた。
特異点を中心に半径二キロを巨大な壁で囲み、それをドーナツのように二層目の壁で囲ったその中間地点が、甘崎の暮らす異境居住学区と呼ばれる、魔導士育成のための研究所や寮などが並ぶ区画だった。
異境居住学区にも娯楽施設などはあり、学校から離れれば離れるほど一般的な街と変わらない風景が並んでいた。
放課後、真っ先に足を運んだのはオタク御用達アニメグッズ店。
「あ、あった。魔法少女ぷりてぃ♡みるくの限定フィギュア……!」
可愛いタイトルとは裏腹に、中身は本格バトルの魔法少女アニメ『魔法少女ぷりてぃ♡みるく』。可愛い少女に男のロマンを詰め込んだドレスを駆使して敵を倒すその爽快さ、甘崎はその虜だった。
今回の『勇者みるるん』は作中最強とされるドレス。物語内での重要性、ビジュアルの可愛さともに、ファンとして買わないという選択肢はなかった。
そして、甘崎がフィギュアを買い漁る理由はもう一つ。
「あ、後ろのフリル、こうやって付いてるんだ」
甘崎のノートに描かれた魔導兵装の設計図は、あのドレスをモデルにしたものだ。魔法工学を学んでいく中で、あのアニメのドレスを魔導兵装に落とし込めるのではないのかと試行錯誤を始めて早半年。
あとはディテールを詰めて見た目を寄せつつ、魔導兵装としての役割も共存させる最終調整をするだけだった。
「まあ、どうせ趣味だし、結局無意味に――」
「あ! それ、みるるんのフィギュアじゃん!」
「ふひぃい!?」
奇声を上げた甘崎を見て、隣に立つ金髪美少女は手を叩いて笑う。
「あははっ! 何その声! 授業のときも変だったけど、天ちゃんっておもろいね!」
「て、天ちゃん……?」
「天祐で天ちゃん! 良くない?」
「は、はぁ……」
甘崎が狼狽える距離感のまま、海原明日香は笑顔を見せる。
あだ名は別にいいとして、気になることが一つ。
ここはギャルでは場違いなグッズ店。
彼女の周りの空気だけ他の場所から持ってきたような異物感すらある。
「あ、あの、海原さんはどうしてここに?」
「ん? そりゃもちろん、それを買いに来たんだけど」
海原が指差したのは、甘崎が手に持つ限定フィギュアだった。
もしかしたら別の物を差しているかもしれないと思って後ろを見てみるが、それらしいものは何もない。
ということは、本当にこれが海原の目的ということになる。
「授業のときも言ったっしょ! あたし、勇者になりたいの! みるるんみたいな!」
胸を張って海原は言った。
まさか、勇者になりたいという言葉がそのまま『勇者みるるん』になりたいだなんて思いもしなかったが。
「いやぁ、まさか天ちゃんもみるるん推しとはねー! 周りの子たちにはいなかったから超テンション上がる! てか語っていい?」
「あ、えっと」
「まずさ、あのビジュで熱いバトルしてるのヤバイじゃん? しかも、それまでの過程もえもえもなんだよね! 十四話のあのシーンなんか、あたしティッシュ一箱空けるかと思って――」
聞き取るだけで精いっぱいのマシンガントークに、甘崎の目がぐるぐる回り始める。
ふわふわと左右に甘崎が揺れ始めたのを見て、海原ははっと言葉を止める。
「あ、ごめ。喋りすぎちゃったね」
「僕こそ、その、ごめん」
「謝んなくていいよ。あたしが悪いから! ほんとごめん! 知ってる人少ないから、ついはしゃいじゃって……」
ペロッと舌を出して両手を合わせる海原。
甘崎は不器用に頷くと、沈黙を恐れて震えた声を発する。
「でも、珍しいね。その、女子がこういうアニメ見るって」
「え? 見るっしょ。面白いし」
さも当然かのように、海原は言い切った。
「女の子だからとか、関係ないよ。だって、みるるんが誰よりも格好良い勇者なんだし!」
言われてみれば、その通りだった。
男が戦い、女子は魔導兵装制作やサポートに回る。当たり前だと思っていたが、自分が憧れたアニメの中では、そんな障壁なんてどこにもなかった。
「あたしがやりたいからやる! あたしがなりたいものになる! それ以上も以下もなし!」
その真っ直ぐな視線が、あまりにも眩しくて。
甘崎はいつの間にか、あのノートを取り出していた。
「あのさ。これ、僕が設計した魔導兵装なんだけど……」
「ん……? うっそ、マジで!? これ、特殊兵装『勇者みるるん』じゃん!」
海原は、そのノートを嗤わなかった。
「え、ガチでヤバイ。兵装ドレスって魔法工学に落とし込めるの? 天ちゃんもしかして天才……?」
「いや、趣味で作ってるだけだから、実戦で使えるわけじゃ……」
甘崎が言い切る直前に、店内にけたたましい警報音が響いた。
「このパターン、居住区に魔物が出たんじゃ」
「行こう、天ちゃん! 多分近くだよ。みんなが危ない!」
店を飛び出すと、少し離れたマンションの上で這うように蠢く薄紫の巨大なムカデのような化け物が見えた。
ごく稀にあるとされる、転移点の異常発生。ほぼ必ず特異点から半径二キロ付近に魔物は出現するが、その例外が二人の視界に映っていた。
「助けなきゃ……!」
「あ、危ないよ! 魔導士の人を待たないと……!」
「その間に人が死んじゃうかもしれないんだよ! 黙って見てられない!」
「でも……!」
「みるるんなら、絶対に助けに行くし!」
「――っ!」
甘崎はその顔を見て、海原を止める手を離し、背負っていたリュックを下ろす。
「僕も。僕だって……!」
リュックから取り出したのは、みるるんモデルの魔導兵装だった。
「これ着て、海原さん」
「え、うそ。これって」
「使えるか分からないけど、ないよりはマシだろうから」
「最高。みるるんになって助けに行けるとか、ブチアゲなんですけど」
海原は躊躇いなく服を脱ぎ棄て、甘崎の作った魔導兵装を身に付けていく。
慌てて視線を逸らして、甘崎はノートパソコンを取り出し、管理画面を開いた。
「魔力回路良好、バイタル信号確認、通信システム接続、MLS起動、兵装伝達回路および出力安定。兵装も全て問題なし!」
「くぅう! 最高じゃん! 実技訓練通りやれば絶対にいけるはず!」
「装備は現地に着くまでの時間で説明するから、まずは箒だけ起動して」
「りょ! なんとなく使えそうだから任せて!」
ぐっと親指を立てた海原は、展開した魔導箒に跨り、魔法陣を展開して空を飛ぶ。
自分の魔導兵装を幸せそうに来てくれる人がいる。
嬉しさと誇らしさに、思わず甘崎の目に涙が浮かぶ。
甘崎はヘッドセットを取り付け、空に浮かんだ海原へ声を飛ばす。
「海原さんならきっと、勇者になれます」
「違うっての! あたしと天ちゃん二人で、勇者になるんだよ!」
説明はまだしていないはずなのに、海原はドレスに付いたステッキを掴んで魔物へと向けた。
本当にみるるんが好きなのだろう。ステッキを向ける動きはまさに勇者みるるんで。
「魔導兵装展開――ぷりてぃ♡みるく!」
そのアニメは、男のロマンを詰め込んだようなドレスを駆使する。それを再現するように、フリルの隙間から大量のミサイル型魔法兵装が現れた。
ステッキの先から出る赤いレーザー光線を標準にして、魔物へとターゲットを絞り切り、海原は叫ぶ。
「ぶっ飛べ魔物! あたしたちの勇者への道、その一歩だっ!」
二人の夢とロマンを乗せて、大量のミサイルが魔物へと襲いかかった。