シノビ・トランスフォーム!!
一つ、シノビたるもの常人に正体を明かすべからず。バレたら速やかに相手の記憶を消去せよ。
一つ、シノビたるものみだりにシノビオーラを常人に見せるべからず。大智如愚と心得よ。
一つ、シノビたるものトランスフォームする時は無言になるべからず。己の意気と意思を相手に知らしめよ。
古来より、日本はシノビの手によって守られてきた。邪馬台国にあっては卑弥呼を守り、元寇においては一晩でモンゴル軍の舟を沈めた。江戸の泰平に尽力したのもシノビである。
シノビの世界には、7つの奥義書が存在する。それらすべてを集めた者は人の理を越え、どのような願いでも叶えられるという。
時は現代。
奥義書の1つを代々受け継ぐ少年は、シノビであることを隠して高校生活を送っていた。幼き頃よりシノビの鍛錬を積み、シノビであることに微塵の疑いも持っていなかったが、1人の転校生との出会いが彼の運命を大きく変えていく。
シノビの世界に伝わる、7つの奥義書。これを全て集めると、なんでも願いが叶うらしい。うちに代々伝わっている奥義書がその1つで、俺は継承者としてこれを守ることを命じられている。
登校中だからと言って、他のシノビが襲ってこないなんてことはない。むしろ絶好のタイミングだ。
表向きには俺は学生の身分で、シノビであることを隠しているんだから、狙う方からすればカモみたいなもんなんだろうな。
負けたことないけど。
「……1人、尾けてきてるな」
シノビオーラを隠す気配がないってことは、挑戦状叩きつけてるつもりか。いいよ、乗ってやる。
路地から外れてビルの影、誰も通らないような場所へと足を向ければ、相手は即座に距離を縮めてきた。周囲からの死角になるエリアに入ると同時に背後から何かが飛んできたが、跳ねて躱す。着地と同時に声がかけられた。
「ガキのくせによく避けたじゃねえか。褒めてやるぜぇ」
「どーも。どうせ奥義書狙いだろ? 無駄だから帰りなよ」
「あぁ!? その減らず口、すぐに叩けなくし――ごふぁっ」
遅い。5メートル圏内の相手と目が合ってから0.2秒もあれば一撃入るなんてシノビの常識だろ? 側転蹴りで沈めた相手をちらっと見たけど、知らないおっさんだった。ま、いつものことだ。さて、遅刻するから学校行かなきゃな。
※
シノビの家に生まれて17年。奥義書を守らなくちゃいけないとか、シノビの心構えがどうとかってのは、さんざん鍛えられたせいでもう頭と体に染みついてしまっている。
常人に正体を隠すのがシノビってもので、周囲を常に警戒して目立たず平凡に過ごすのがシノビだ。だから、転入生なんてものは真っ先に警戒しなきゃいけない。それがいくら可愛らしい女の子だとしても、だ。
クラスのざわつきの先には、1人の転校生。
「えー、彼女は親の仕事の都合で今日からこの高校に通う事になった。みんな、仲良くしてやってくれ」
「Hi! ドウも、みなさん! 佐々倉メリーと言いまス!」
快活に挨拶をするメリーに教室が沸く。無理もないな。少し赤みがかったストロベリーブロンドの髪。透き通るような青い瞳。眩しい笑顔。もう、わざとらしいくらい出来過ぎている美人な転校生だ。あとちょっとカタコトな所とか。だからこそ怪しい。俺の奥義書を狙ってきた刺客の可能性はかなり大きいと思う。
彼女のシノビオーラを見てみるが、ほとんど感じられない。実力のあるシノビであれば、オーラを消したりすることは容易だから、まだ何も油断はできないな。
「ワタシの席は、どこデスか?」
「ええと、ああ、後ろの角の席が空いているな」
俺の隣じゃないか。いや、確かに空いている席はそこしかないが。席を確認してパッと歯を見せて笑ったメリーは、クラス中の視線を集めながらすたすたと歩いて着席した。注目を集めることに随分慣れている様子だな。この容姿なら無理もないか。
「よろしくデス! えっと、忍原くン!」
「――ッ!?」
こいつ、どうして俺の名前を!?
学校ではシノビオーラを消して、かつ存在感を最大まで薄くすることでクラスの誰からも名前を覚えられていないモブの中のモブになりきっている俺の名前をどうして……
「読み方、アってマスか?」
「あ――」
そうか、名札か。
胸元についた俺の名札をちょいちょいと指さして、彼女は少し不安そうに言った。警戒が先走り過ぎたかも知れないな。モブらしく、控えめに返答しておこう。
「う、うん。合ってる。よろ、よろしくね」
「ハイ!」
満面の笑みが向けられる。彼女は危険だ。間違いない。刺客がどうとかはさておいて、近くにいるだけでこちらまで目立ってしまう。現に、二言三言交わしただけの俺に対して羨望の視線が向けられている。あまり注目を集めてはシノビとしてまずい。彼女が刺客である可能性は否定できないが、それはそれとして、あまり関わりたくないな。
※
転校生が来た時の恒例行事といえばクラスメイトからの質問攻めで、それはもちろん俺の席の隣で行われるわけだ。逃げるしかない。休憩時間ごとに席を立って戦線から離脱する。別に俺はクラスメイトが嫌いってことはないし、逆にハブられたりしているってこともない。モブの立ち位置にしっかりと収まる事も、シノビとして大事なことだ。
彼女――佐々倉メリーは終礼の後も何人かからの世間話や部活の勧誘攻撃に遭っていた。そんな中でも教室を去っていくクラスメイト達に対して、甲斐甲斐しく「マた明日ネ!」と手を振っていた。性格も含めてどこまでも美少女だ。
もう放課後になってしまったが、一向に彼女が刺客かどうかを確かめられていない。真面目に授業を受けていたし、クラスメイトにも朗らかに接していた。だが、このままではダメだ。白黒はっきりつけた上で、かつ彼女とは距離を取る必要がある。みんなの意識の隙を突いて教室から抜け出す。
ここは手っ取り早く、おびき寄せるに限るな。
校舎最上階の一番奥。誰も使っていない空き教室へ向かい、解錠して中に入る。常人用の鍵はシノビにとって何の意味もなさないからな。
「中から鍵をかけて、と。あいつがシノビなら鍵開けて入ってくるだろ」
教室の中央で小さく息を吐き、シノビオーラを解放する。シノビ同士なら、オーラで大体の位置が分かるが、あまり大きくしすぎると常人に影響が出てしまうから注意しないといけない。具体的には、背筋が寒くなったりひどければ失神したりする。
少しすると、校舎の外にシノビオーラの反応。
「……喰いついた。やっぱり刺客だったみたいだな。けど、かなり弱いぞコイツ……」
オーラの主は、真っ直ぐにこちらに向かってくる。校舎の外からここまで、200mをおよそ10秒か。かかりすぎだろう。
かちり、と鍵が外れる。だが、現れた相手は想と違っていた。
「朝のおっさん!?」
「こんなところにいやがったか。探したぜぇ」
「あ、アの、離しテ下サイ……!」
登校中にコンマ数秒で沈めたおっさんが、メリーを捕まえて目の前に現れた。彼女はかなり怯えているようだ。何がどうなってるんだコレ。
「リベンジしてやろうと思った所にシノビオーラ出してくれたもんで助かったぜぇ。おおっと、動くなよ。この嬢ちゃんは人質だ」
「……常人を巻き込むのはシノビ諸法度に触れるだろ」
「後で記憶を消しゃあ問題ねえ! さて、朝の続きと行こうぜ!!」
そう言って、おっさんは丸薬を取り出して噛み砕いた。見る間におっさんの体が倍ほどに大きくなり、シノビオーラが激増する。
「げっ、どこで手に入れやがったソレ」
「あ、あわわワ、help、助けテ……!」
偽奥丸。奥義書の力を基に作られた一種のドーピング剤で、使い捨てではあるが一時的に莫大なシノビオーラを得ることができる。
――とりあえず、彼女を助けないと。疑ったけど、彼女はただの転校生だったんだな。
残像を置いて相手の懐に潜りこもうとしたが剛腕がそれを許さなかった。腕を十字にしてバカでかい拳を受ける。振り上げるように飛ばされたのでそのまま天井に着地し、上から二人を見下ろす。
「デカい上に疾いなクソっ!」
「そっちも奥義書を使ってみろよ。その上で叩き潰してやらぁ!」
常人の前でシノビのことをペラペラと……ほんとにシノビかよ、あのおっさん。とはいえ、確かに偽奥丸の力は厄介だ。彼女も目に涙を浮かべている。転校初日にこんな事に巻き込んで悪い気はするな。すぐに片をつけて、日常に戻してやるよ。疑ったのは悪かったし。
「見せてやるよ。本物の奥義書の力を。シノビ・トランスフォーム!!」
天井に張り付いた姿勢のまま、懐から巻物を取り出して強く握る。意思に呼応して、巻物は輝き出した。
解かれた巻物の輝きは俺を包み、シノビとしての姿に変えていく。
「忍原く……ン?」
「ぐはははは!! そいつが最弱の奥義書か! 女忍者姿が随分と似合ってんじゃねえか」
「ふん、クノイチ・フォーム馬鹿にしてんじゃねえよ」
シノビは、奥義書の力で変身し、さまざまな能力を使う。それはシノビの常識だが、うちに伝わる奥義書には能力がない。ただ身体能力を強化するだけだ。そして、変身した後の姿は――割と美少女になる。
ガキの頃は嫌だったんだよな。変身するの。もう慣れたけど。
「それで、能力もない最弱でどうするつもりだ、えぇ!?」
再び、おっさんの剛腕が襲い来る。だが。クノイチ・フォームなら避けるまでもない。額で直接、おっさんの拳を受ける。痛くも痒くもない。おっさんの拳が砕ける音がした。
「どうするも何も。能力がないんだから、ぶん殴るだけさ」
苦悶に呻くおっさんに対して、右腕を引いて一撃。壁をぶち抜いて校舎の外へ飛んでいった。大きく開いた壁の穴からは、夕焼けが入り込んでくる。
やべえ。学校壊した。これ後処理で怒られるやつだ。あ、いやでもまずは彼女の記憶を消さないとな。常人にシノビの世界は見せちゃダメだってシノビ諸法度にもあるからな。
振り向こうとした俺の背後で、ぽつり。
「Shinobi-Transform」
やけに良い発音が聞こえた。距離を取りつつそちらを見れば、顔以外をメタルスーツに覆われた佐々倉メリーの姿。その目は、とても静かで、冷たかった。
「嘘……だろ。メカ・フォームの奥義書!?」
「あなタの奥義書、もらい受けマス」
キャノンを装備した右アームが俺を捉える。
壁穴から差し込んでくる夕日が、やけに機械の体に反射して紅くギラついていた。