素手喧嘩サモナーズ ~俺より強い召喚獣に会いにいく~
ザリスは伝説の召喚術士。
魔獣、精霊、女神、あらゆる存在を従えつつも、魔王との相打ちで命を落とした――とされている。
しかし召喚王ザリスは、100年後の未来に転移していた。
魔王退治の英雄として窮屈に、そして暗殺に怯えて暮らすことなどしたくない。
むしろ力を保持したまま100年後に移動、謎の天才召喚術士として改めて君臨することを夢見たのだ。
だが時を経て、召喚術は筋肉に支配されていた。
召喚獣は素手喧嘩で従える。
ファイアボールは投擲力で城壁を貫通。
というかもう召喚獣よりも召喚術士が強い。
――どうしてこうなっている?
絶望するザリスだが、再び召喚王として君臨する夢は捨てなかった。
なぜなら召喚獣が好きだから。
――なってやるぞ……! この時代でも、召喚王に!
ひねくれ者の召喚術士が新たな仲間ともに第2の人生を謳歌する、なし崩し的英雄譚。
最期にしてはいい夜だ。
夜空を見上げて苦笑すれば、視界の端に村人達が見える。
「行ってしまわれるのですね……召喚王様」
俺は頷く。
「ええ。これから先は魔王が軍勢を従えています。あなた方は隠れていてください」
「お一人で……」
「犠牲が私だけで済むならば、安いモノです」
にっこりと笑うと、村長らは涙ぐむ。そのまま見送りと泣き声を尻目に、俺は村を去った。
「いよいよですね」
横から女の声がして、俺は足を止めず視線だけを向けた。
声の主は、赤い光の珠。
俺が契約を結んでいる精霊だ。
戦闘時になれば火の女神として俺の召喚に応え、万の軍勢さえ焼き滅ぼすことができる。同等の存在を、俺は召喚士として何人も使役していた。
「そうですね」
「マスター、口調が戻っていませんよ」
「お、そうか? くくっ」
思わず笑いそうになった。
もはや誰も見ていない。崖際に立って、夜空に向けて叫んだ。
「これで、自由だぁああああ!」
俺は魔王軍との戦いに向かう。勝利した後の計画は、はっきりと決めてあった。
行方不明になるのだ。
周りは死んだと思うだろう。だが俺は――100年後、復活する。
「なにが召喚王だ! 王都に戻ったら拘束、処刑の準備までしていやがるくせによぉ」
善良な村人共は知らないだろうが、王都ではすでに俺は恐れられている。元々、召喚術に才能がありすぎた。
ドラゴンも悪魔も手なずける力。
国の連中には魔王の親戚に見えたんだろう。女神も悪魔も天使も人間がそう呼んでいるだけで、聖も闇も属性に過ぎない。
むしろどんな存在とも対話し、召喚し、戦ってもらえることこそ召喚術の神髄なのだが、理解されずに『魔王に類する力』とレッテルを貼られた。
どんなに説明しても理解してくれなかった。だからこそ、一人で魔王との戦いに向かわされるわけだが。
思惑としては――倒せるならよし、相打ち上等、死んだらまた次の手を考える、といったところか。
まぁ勝てるだろうから問題ないが。
「実験が成功してよかったですね」
火の女神は話を合わせてくれる。こんな俺に、できすぎたやつだ。
「ああ。100年後に、俺自身を召喚する術式を編み出してある」
時空を越えた召喚だ。
100年後の時点から、現在の俺を召喚する。そうすれば俺は一気に100年後の未来に転移できるというわけだ。
俺自身を嫌う今に未練なんてない。
100年後に出生不明の天才召喚術師として、いいようにやり直してくれる。
「……マスター、あなたはそれでいいのですか?」
「いいとも」
「あなたは間違いなく、英雄です。中身はどうあれ、行為の尊さが損なわれるわけではありません」
「中身はって言った? 今?」
とはいえ、こんなことは何度もやった議論だ。
俺は首を振る。
「居場所がないなら、他の地点へ行くまでさ」
俺は予想通り魔王を倒した。そして100年の時を超えた。
◆
「成功だぁああ!」
こみ上げる笑い。洞窟に敷かれた魔方陣で、俺は両手を広げた。
「さぁ外へ行くぞぉ!」
100年越しの、召喚王伝説の始まりだ。
だが外へと通じる扉を開いた瞬間、凄まじい熱気が俺を包み込んだ。
「な、なんだこれは……」
道着に身を包んだ、全身筋肉の男達。
うなり声を上げながら行われているのは、間違いなく鍛錬。
武道の打ち込みのような光景が視界の全てで展開されていた。
俺が魔方陣を残した象牙の塔は、魔術師の学校だったはずだが。
「どうした! 気合い入れろ!」
「はい!」
「『はい』は3回!」
「覇威! 覇威! 覇威ぃぃい!」
暑苦しい。
なんだこれは?
俺を発狂させるために神が特別発注で作った地獄か?
「入門希望者かね?」
言われて振り返ると、筋肉の塊としか思えない大男が後に立っていた。
禿げ上がった頭と、見事にもじゃもじゃの髭が、天地を間違えたような印象を叩きつけてくる。
「わしは、召喚術学園の学長、大魔道士バルク・アームストロングじゃ」
「アームストロング……?」
驚いた。親戚の一族だったからだ。
俺以外にろくに召喚術を使えなかった一族が、学長を出したのか?
「これは一体? 修行なのか?」
困惑したまま、ついつい口調が乱れてしまう。相手はぎょろっとした目を笑みにした。
「そのとおり、修行だ。健全な魂は健全な肉体に宿るからのう」
まだ話が見えない。
「説明をして進ぜようか? 入門を希望するならな」
「にゅ、入門とは」
「はは! 新学期の初日に、こんな場所で迷っておる! そなたは入門希望じゃろう」
状況が謎すぎる。
なぜ魔術師学園がこのような肉の祭典になっているのか。
俺は適当に話を合わせて、バルク老師にこの100年何があったかをみせてもらった。
講堂のような場所に連れてこられると、大きな銅像が建っている。
「これが当時、魔王を葬った召喚王ザリスじゃ」
困惑した。俺の名前だが、わが身とは似ても似つかない、筋骨隆々とした銅像である。
「……これが?」
「そこに銘板があるじゃろう」
俺はそれを読んだ。息が乱れてきている。
――魔王と召喚王との決戦は三日三晩に及んだ。
ここまでは、史実通り。だがその先には目をむいた。
――だがッッ!
――そこでッッ!
――ッッ!
やたら貯めるな。
――召喚王とてついに魔力が途切れた。しかしそれは魔王とて同じ。
――その時、召喚王は鍛え抜かれた肉体から『気』を練りだし、魔力の代用とすることで魔王を打ち砕いた。
「……これは、身に覚えがない」
『気』? なんだそれは?
「人間の体を鍛えに鍛えることで、たとえば武闘家が、一時的に魔法のようなものを発現することが知られておる」
「……ほう」
武闘家が拳で鉄を砕いたり、忍者が手刀で首を落とすようなものだろうか。
鍛錬により魔力に似たエネルギーが体内で練られることは知られていた。
「魔法使いでも同様。魔王と召喚王との戦いで、大気中の魔力が大幅に減った。それゆえ、人は魔力の代替エネルギーを体から生み出すしかなくなったのじゃ。空気中の魔力が豊かであった時代は、ほぼ無尽蔵に巨大な魔法を使えたのじゃがな」
それで体を鍛える?
はっとした。
「あの時……魔法を使いすぎたのか……」
巨大な魔法は、大気に満ちる魔力を使って放っていた。
生物に宿る魔力は有限。ゆえに肉体外の魔力をいかに操るかが、魔法使いの技量だった。
だが俺と魔王の戦いで、世界に満ちていた魔力はあらかた消費されてしまったのだろう。三日三晩、魔王は世界を灰にする魔法を撃ちまくり、俺は世界を破壊できる存在を召喚することで相殺した。
つまりは激戦だったわけだが。
軽く20回は世界を滅ぼせる魔法が撃たれたからな。
「フェニックス、ウンディーネ……」
自分の召喚獣に呼びかけてみた。
確かに、反応は薄い。全盛期なら明瞭に声が聞こえたが、かすかに存在を感じるだけだ。
「では召喚術はどのように?」
「まずは体を鍛える」
嫌な予感がする。
「肉体を鍛えることで、気力を練る。その力を使って魔物を呼び出すのだ」
「ま、待ってくれ。呼び出すだけではだめだろう?」
呼び出した後、魔物をコントールできなければ意味がない。
むしろ呼び出すのは楽なのだ。
本当に魔力を使うのは、魔物を制御する時である。
老師はにやりと笑った。
「心配ない。見に行こうぞ」
どうしよう。嫌な予感が消えない……。
次に連れて行かれたのは道場のような空間だ。
「おじいさま!」
茶髪を後で結った少女がいた。ぴょこんと跳ねるおさげが、猫のしっぽのようだ。
おあつらえ向きに、彼女の前には大型猫科を思わせる魔獣がいる。
「ついに、呼び出せました! 初めて、初めてです!」
「よくやったのう、後は契約を結ぶコトじゃ」
少女はこくんと頷いた。あの魔物は――キキーモラか。
なるほど、最初に得た召喚獣か。それなら愛着も湧くだろう。
目はキラキラして、2つの拳を作って気合は十分という姿勢。
「ふふ……」
笑みがこぼれる。
魔力を使って行う魔物との対話――何度見てもいいものだ。2つの生き物が分かり合う繊細さが、俺は好きだ。
「では、両者」
バルク老師が両手を高く掲げ、交差させながら振り下ろした。
「Fight!」
少女とキキーモラが肉弾戦を繰り広げる。
拳と牙。爪と蹴り。
繊細さなど欠片もない暴力と暴力の応酬――!
「ひぃ! なななんだこれは……!」
「これが召喚術。魔力で無理矢理従わせるようなやり方は野蛮だ、魔物が哀れだという議論もあってな。今は公平な勝負で仲間にするのだ」
少女は修羅の姿でキキーモラと乱舞を繰り広げる。
「はは! 楽しい、楽しいわよ、キキーモラちゃん!」
「キキィ!」
老師が大胸筋を強調するポーズを決めた。
「これが現代の召喚術」
弟子と老師が唱和する。
「「理解りあいじゃぁああ!」」
回れ右した。
こんなの知らない。俺の召喚術じゃない。
門まで逃げ出した俺の袖を、何かがむんずと掴んだ。
「どこへ行くのじゃ?」
老師だった。
「入門希望者よ。安心せい、儂の勘がお主には召喚術の才があるといっておる」
叫びが喉をほとばしる。
「イヤだぁあああああ!!」
筋肉の園へ俺は連れ戻された。