赤ずきんちゃんはオオカミくんを捕まえたい!
とある村に赤いずきんを被ってることで、みんなから赤ずきんちゃんと呼ばれる可愛らしい少女がおりました。
少女はある日、森に入って怪我をしてしまいましたが、オオカミの獣人である青年に助けられました。その出来事をきっかけに彼に興味を持った少女は、青年のことを《オオカミくん》と呼ぶようになり、仲良くなろうと毎日まいにち追いかけ回すようになりました。
しかし彼はつれない態度で、少し顔を合わせてもすぐに何処かへいってしまいます。
おまけに村の人々は獣人に偏見があるようで……。
これはどうにかしてオオカミくんと仲良くなりたい赤ずきんちゃんと、一線を引いてるオオカミくんが、問題を乗り越えて幸せを掴むお話。
まばらに日が差し込む、緑生い茂る森の中。
一際目立つ赤色のずきんを被った少女が、息を切らしながらあるモノを追いかけて走っていた。
「オオカミくん、待ってよー!!」
少女が追いかける先には、木から木に軽々と飛び移る人影。
彼女に呼ばれた通り、まるでオオカミのような耳と尻尾を持つその青年は、追ってくる少女に目をくれることもなく、木から木へ飛び移って進んでいく。
しかし突然少女の「いたっ!!」と言う声が森に響くと、彼はピタリとその動きを止めた。
どうやら少女がつまずいて転んだらしく、青年が振り返ると、少女はべたりと地面に這いつくばっていた。
それを目にし、大きなため息をついた青年は、ぱっと木の上から飛び降り、転んだ少女の側へそっと歩み寄った。
「あいたた……」
しかし近づいて声を掛ける前に、少女が顔をあげたため、パチリと目があった青年は思わず固まってしまった。
対して少女は彼の姿を目にした瞬間、転んだ痛みも忘れたように嬉しそうに笑う。
「もしかして心配してくれたの?」
「別に……」
「やっぱりオオカミくんは、初めて会ったときからずっと優しいね」
「……そんなんじゃない、ただ俺が原因で怪我されると迷惑だから」
言い訳を聞いてもニコニコと自分に笑顔を向けてくる少女に、青年は居心地が悪くなり、彼女からぷいっと顔をそらした。
しかし顔をそらしたものの、彼女のこと自体は気になるようで青年はぶっきらぼうに「立てるか?」と少女に問いかける。
すると少女は勢いよく立ち上り、オマケにぴょんぴょんと跳びはねて見せた。
「うん、立てるよ! 特に怪我とかもないし大丈夫」
「そうか」
「あとね、あとね、前にオオカミくんが手当てしてくれた足もすっかり良くなって……」
更に言葉を続けようとした少女だったが、それを最後まで聞かずに、青年は再び木の上に飛び乗ってしまった。
少女が「あ……」と残念そうな顔をしていると、ちらっと視線をやった彼はため息混じりの小さな声で言う。
「以前の怪我のことは、聞くまでもなくアレだけ走ってるのを見れば分かる」
「そっか、そうだよね~」
彼がまた話し掛けてくれたことが嬉しかった少女は、途端にまた笑顔になってうんうんと頷いた。
「ねぇオオカミくん、私もっとオオカミくんと仲良くなりたいんだ。だから沢山お話を……」
「もう俺に構うな」
まるで拒絶するように背中を向けてそういうと、青年はさっき以上の早さで木を飛び移り、森の奥へと姿を消したのだった。
*+*+*+*+*
「あーん、今日もオオカミくんを捕まえられなかった……!!」
村に帰ってきた、赤ずきんを被った少女は悔しげにそう言うと、丁度通りかかったそばかすの少女が、おずおずと彼女に話し掛けた。
「赤ずきんちゃん、また一人であの森に行ったの? 危ないからもうやめなよ……」
「嫌だよ、だってまだオオカミくんと仲良くなれてないもん!!」
「そもそも森に住み着いている例の彼に構うのも止めた方がいいよ。だって獣人でしょ? 人間よりずっと力も強くて凶暴な種族……私は怖いよ」
「怖くなんてないよ!?」
少女が即座にそう言い返すと、友人はびくっと肩を揺らして後ずさった。
「前にも話したでしょ? オオカミくんはね、森で足を怪我して動けなかった私を助けてくれたんだよ」
「騙されてるんじゃないの……?」
「そんなことないよ、むしろ村のみんなの方が彼のことを誤解してる……勝手に怖いと思い込んでるだけなんだよ」
「赤ずきんちゃん…… 」
「きっと一緒にご飯でも食べて、楽しく過ごせればそんな誤解も解けるはず……あ、そうだ!!」
ポンと手を叩いた少女は、目を輝かせながら自分の思いつきを語り出した。
「オオカミくんって、ずっと森にいてあまり美味しいものを食べられてないんじゃない!? だから、きっとうちで作ったパンやパイを持っていけば喜ぶんじゃないかな……!!」
「え……」
「一緒に食べれば、オオカミくんとも仲良くなれるだろうし……うん、そうしよう!!」
「あ、赤ずきんちゃん!?」
「よーし、そうと決まれば明日は朝からパイやパンを沢山焼くぞっ!! それじゃあ、今から支度するからまたね~」
そうして一人その場に取り残された友人は、走り去った赤ずきんの少女を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「やっぱりダメだよ……」
そして、翌日。
籠いっぱいに、パンやパイを詰めて森にやって来た少女は、大きく息を吸い込み森全体に響き渡るように力一杯声を出した。
「オオカミくん!! オオカミくん!!」
その呼びかけから程なくして、木の陰からひょっこりと姿を現わしたオオカミ耳の青年の姿に、少女は目を輝かせる。
「あっオオカミくん!!」
「……構うなっていったよな?」
「そんなことを言いつつも、出てきてくれるところが優しいよね~」
少女がニコニコと笑ってそういうと、青年は即座に「帰る」と言い放ち少女に背を向けた。
「待って待って、今日はオオカミくんにあげたいモノがあるの」
「あげたいもの?」
振り返った青年へ対し、少女は自信満々に持っていた籠を掲げる。
「じゃーん、私が焼いたパイとパンです~」
「パイとパン……」
「ほら、オオカミくんっていつも森にいるから、こういうものあまり食べられないでしょう? 助けて貰ったお礼も出来てなかったし、それも兼ねて受け取って欲しいな~」
やや迷うような素振りも見せたものの、最終的に青年は、硬い表情でぎこちなく頷いた。
「……分かった」
「やったー!!」
青年の返事に少女は小さくガッツポーズを取ると、持っていた敷物を手早く引いて、そのうえで籠の中身を取り出す。
「じゃ、この上に座って食べてね!! これが白パンで、これがミートパイ、これが木イチゴのパイで、こっちはアップルパイ……あ、飲み物にブドウのジュースもあるよー」
「随分、色々持ってきたんだな」
「だってその方が楽しいでしょ」
「はぁ、脳天気だな」
「うん、私お天気な方が好きだから」
「……」
青年はそれ以上は何も言わず、ふぅと息をつくと少女から差し出されたパイの一切れを受け取って口に運んだ。
「……美味いな」
「よかったぁ~ さ、もっとドンドン食べてよ」
別の食べ物も手に持ち、グイグイと押しつけてくる少女に、青年は戸惑いつつもそれらを受け取って食べた。
そうして少女にニコニコと見られながら、食べ物を口に運んでいた青年だったが、ふとその手を止めて、少女の方を向いた。
「ん、どうしたの?」
「……なんでお前は俺に構うんだ?」
「なんでって……それはもちろん、オオカミくんと仲良くなりたいからだよ」
「は? 俺と仲良くなったって別にお前に得なんてないだろう」
「得ならあるよ、友達が増えるもん」
「馬鹿か?」
「そんなことないけど!? それにほら、オオカミくんも友達が居た方が楽しいでしょ?」
「俺は……別に……」
歯切れ悪くそういう彼に、少女は微笑みながら手を差し出す。
「私ならずっと森で一人なんて、寂しくてたまらないよ……だからオオカミくんもそうなら、私と友達になって欲しいな」
青年は何も答えずに少女の手をジッと見つめ、迷うように瞳を揺らした。そうしてやや間を開けて、僅かに手を動かしたところで……。
森の中に乾いた銃声が響き渡った。
そしてそれと同時に、青年の胸元が赤く染まり、そこからダラダラと血が流れ出したことに少女は驚き目を見張った。
「お、オオカミくん!?」
少女が慌てていると、木の陰からすっと人影が現れた。
「赤ずきんちゃん、やっぱりダメだよ……獣人と仲良くするなんて」
「え、なんで……」
そこにいたのは、銃を持った見知らぬ男性と、昨日会話を交わした少女の住んでる村の友人だった。
「赤ずきんちゃんが危ないと思って、狩人さんを呼んできたんだ……知ってる?獣人は撃っても罪にはならないんだよ」
「どうして、酷いよ、オオカミくんは何も悪いことなんてしてないのに!!」
「だって、今しなくてもこれからするかもしれないでしょ?」
「そ、そんな理由で……」
赤ずきんの少女が呆然としていると、猟師の男が前に歩み出てきて、少女へ諭すように言う。
「お嬢ちゃんは知らないかも知れないが、そいつらはとっても危険な存在なんだ。だから始末しなくてはならない」
「っそっちこそオオカミくんのこと、何も知らないくせによくも!!」
少女が立ち上がって猟師を睨み付けると同時に、その背後からどうにか聞き取れるくらいの小さな声で、こんな言葉が聞こえてきた。
「……やっぱり人間なんかに近づくべきじゃなかったんだ」
「えっ、オオカミくん?」
思わず少女が振り返ろうとすると、それより先に力を振り絞って立ち上がった青年は、血を流しながらも、いつものように木の上に飛び乗った。
「くっ、流石にしぶといな」
「っ!? やめて!!」
即座に青年の動きに反応して、銃を構えた猟師だったが、少女が咄嗟に銃へ飛びついて狙いが逸れたために、銃弾はまったく別の方に飛んだ。
「危ないだろ!?」
「っっ」
しかし力の差は明白で、すぐさま猟師に振り払われた少女は大きく尻餅をつく。だが自分のことよりも青年の行方が気になる少女は、顔を上げるとすぐに彼が去っていった方向を見た。が、そこには既に青年の姿は無く、ただ森の木々が静かに揺れていた。
「オオカミくん……」
そう呟いて肩を落とした少女の目に映ったのは、彼が残していった赤い血だまりばかりだった。