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ラブコメ波動の継承者 ~ラブコメの波動に目覚めた俺は恋心で世界を救うようです~

 「心紡ぎの賢者」こと大魔法使いサトリナ・サトレア。その一番弟子であるアイレン・アオハールは幼少のころから国に仕える魔法使いを目指すべくサトリナの下で厳しい修行に打ち込んでいた。


 しかしある日、そんな彼の元に王立魔法局から秘密裏の任務が届く。


 それは王国の有力な同盟国であるゴーウィン帝国。その最高峰であるアースルト魔法学院に潜入することだった。


 魔法局の真の目的。それはアースルトに留学している自国の姫と、強力な同盟国である帝国の跡継ぎを恋仲にすること。


「俺はもっと気の弱い女の方が好みだっ!」

「わたくしもあのような上辺だけの殿方は好みませんわ」


 苦節8年。厳しい修行の果てに手に入れたのは強力な感応魔法。果たしてアイレンはその力で王国を――そしてこの大陸に渦巻く陰謀から世界を救えるか。


「いや師匠っ! ラブコメの波動なんかで世界を救える訳ないじゃないですかっ!」

 苦節八年。


 激しい修行の末にアイレン・アオハールは遂にその手からラブコメの波動が放てるようになった。


「なんか思ってたのと違うのが出たんですけどっ!」


 ある晴れた日の午後のことだった。


 いつも通り魔法の修行と称して二頭の羊相手に『感応魔法』の修行を続けていた時のことだった。平然と歩いていたはずのオスの羊が何も変哲の無い草地で突如転倒し、そのままメスの羊を押し倒したのだ。


 しばらくそのまま見つめ合っていた二頭だったが、次第にその視線に熱がこもっていき――それ以上は言うまでもない。


 アイレンは生まれて初めて生物が子孫を残そうと必死に生きる様を目の前で見せつけられたのである。


「思ったのと違う?」

「ええ、俺はてっきり身体能力が上がる魔法を使ったと思ったんですけど」


 優雅に午後のティータイムと洒落こんでいたサトリナ・サトレアは顔を僅かに赤らめた一番弟子の様子に困惑しながら、彼の指さす方へと視線を向けた。


 彼女の住み家である小さなログハウスからはアイレンが修行に打ち込んでいる草地がよく見える。その一番目立つところで今まさに行われている生命の神秘に、思わず口の中の紅茶も気官の中へと逃げ込んでいく。


「げっ、ごっ、ゴホッ、ガハッ」

「だ、大丈夫ですか師匠!?」

「べ、べべべ別に大丈夫だしっ!? この歳になってああいうのに未だに慣れてないとかそういうこと無いしっ!? べ、別に私だって若い時は遊んでたしっ! ああいう事にはな、な、慣れっこ……慣れっこだしっ!」

「そこまで聞いてないですよ、師匠」


 突如として始まってしまった二頭の愛の大運動会に取り乱してしまったアイレンだが、それ以上に狼狽える自分の魔法の師匠を見て思わず冷静さを取り戻す。


 聞いてもいない師匠の聞きたくもないことを聞かされていったい自分はどんな顔をすればいいのだろう。というか今自分はどんな顔をしているのだろう。アイレンの心配はすっかりそちらへと奪われてしまっていたのだ。


「と、とにかくだな……。あれは恐らく感応魔法が過剰な反応を及ぼしたのだろう」

「魔法の暴走……ですか?」


 大陸南西部に位置するこのハーフル王国には八人の賢人がいると言われている。


 その一人こそアイレンの師匠、通称「心紡ぎの賢者」ことサトリナ・サトレアであった。


「暴走とは少し違うな」


 他者の精神に干渉し幾重もの影響を及ぼす魔法。その術の極地に若くして辿り着き、王国史上最年少で八賢人に名を連ねたサトリナをアイレンは心から慕っていた。


 そんな彼女の言葉を聞き逃すまいと自然とアイレンの肩にも力が入る。


「私たちが使用してる『感応魔法』というものがどういうものかは理解しているだろう?」

「はい。感応魔法とは他者の精神に干渉し、その心に影響を及ぼす魔法です」

「そう、心だ。例えば身体強化。これは対象の深層心理に干渉して常日頃から無意識に抑え込んでしまっている身体能力のリミッターを外してあげる魔法だ。当然逆も然り」

「対象の心に枷をかけることによって身体の動きを鈍らせる」

「そう、これを大陸魔法語でバフ、デバフと呼称することは初歩の頃にやっただろう?」


 これはアイレンがサトリナの下で修行を始めてすぐに習ったことだった。


「それ以外にも催眠誘導やトラウマを思い起こさせる魔法。心に影響を及ぼす魔法の多くは感応魔法という基礎から派生したものだ」

「それも師匠から学んでおります。ではあれも感応魔法の応用だと?」


 アイレンの指先では、今まさに愛の合体機動第5回戦が行われようとしているところだった。


「あの二頭は日頃から一緒に居ることが多いだろう? その心にアイレンの魔法が過剰に影響を及ぼしたのさ」


 顔を真っ赤に染め上げながらサトリナは言葉を続けていく。


「他者を愛する心。それを魔法が増幅させた。我が弟子ながら凄い力だ」


 尊敬する師匠に褒められたことでアイレンも自然に鼻が高くなる。まぁ、その結果が窓の外のあれなのだが。


「でも……」


 しかし一つだけ、アイレンにはどうしても気になることがあった。


「感応魔法は対象の感情までを完全にコントロールすることは出来ません」

「全く持ってその通りだ」

「では羊はどうして……?」


 先ほどの一挙手一投足を鮮明に思い出す。そういえば、と記憶を探った彼は付け加えるようにこう述べた。


「俺が魔法をかけた直後、オスの羊が転んだんですよ」

「ほう」


 サトリナの視線が鋭くなる。魔法による些細な影響を見逃すまいとする魔法研究者の視線だった。


「もしかしたらそうなりたい、という無意識が羊にそうさせたのかもな」

「そうなりたい……?」

「ああ、メスの羊とお近づきになりたいという無意識の深層心理だ。それがオスの羊にハプニングを起こした」

「つまるところ……?」

「その力はラブコメの波動、と言ったところだろうか」


 目の前にいるのはハーフル王国が誇る八賢者の一人である。それにサトリナはアイレンが尊敬する魔法の師匠だった。

 だからアイレンは口から出かかったその言葉をどうにか飲み込むことに成功する。


「我が弟子、その、何言ってんだこいつって視線はやめてくれ」

「人がどうにか飲み込んだ言葉を読み上げないでください」


 自らが吐いた言葉に更に落ち込み始めたサトリナが、心を落ち着けにおかわりの紅茶を入れに立ち上がる。


「誰か来たな」


 木製の簡素なドアから音が鳴ったのはそれからすぐのことだった。


「誰か来客のご予定が?」

「いや、その予定はないが」


 僅かに用心しながら扉に近づくアイレン。その背後ではいつでも戦闘態勢に入れるようにとサトリナが魔法の準備を始めていた。


「どなたでしょうか?」


 恐る恐る扉の向こう側へと問いかける。直後、その先から聞こえてきたのは老人の生きのいい笑い声だった。


「はっはっは、そうかそうか……君がそうか。っと失礼。テラシアと言えば(あるじ)にも伝わると思うぞい」


 後方のサトリナへと視線を寄こすと、彼女は一つ気の抜けるような大きなため息を吐いた。


「あぁ……開けてくれ、アイレン」


 悟ったような声を上げるサトリナに応じ扉を開けると、そこには高そうな衣服に身を包んだ恰幅のいい老人が立っていた。


「久しいな、サトリナ」

「ご無沙汰しております、テラシア殿」


 サトリナの声に老人は再び大きな笑い声をあげる。その仕草にアイレンはどことなく見覚えがあったのだが、幾ら記憶を探ってもその正体に辿り着けない。


「えっと、師匠、お知り合いですか?」

「あぁ、この人は――」


 サトリナが老人を紹介する前に、老人自身がアイレンの前に躍り出る。


「ワシはハーフル王国王立魔法局局長、テラシア・アーカリサスじゃ。若い子らには『陽光照らしの賢者』と言ったほうが伝わりやすいかのう?」

「あっ……」


 アイレンが思い出したのはまだ彼がサトリナの下で修業を始める前のことだった。


 国防の要であり王国魔法研究の最先端。それこそがハーフル王国王立魔法局。その新局長就任式でアイレンは目の前の人物を目にしていた。


「あなたが……」

「はっはっは、もう前線はすっかりご無沙汰じゃがな」

「それで、そんなテラシア殿が一体こんな偏屈な場所にどんな御用で?」


 二人の会話に口をはさんだのはサトリナだった。


 どこか不服そうな顔を浮かべているのは八賢人の中で最年長であるテラシアにサトリナが一切頭が上がらないからだろう。


「頼みがあってきたのじゃよ」


 アイレンがテーブルの椅子を引くと、テラシアは流暢な動作で腰を下ろした。それと同時に胸元から一枚の封筒を取り出すとそれを机の上へと放り投げる。


「これは?」

「開けてみると良い」


 つられるままにサトリナが封を開けると、その頬が引き攣る様がアイレンにも手に取るように分かった。


「あ、あの、師匠……?」

「サトリナが若い男の弟子を取ったと聞いたのでな、色々と身辺を調べさせたのじゃよ」

「わ、私の可愛いアイレンを国に差し出せと?」

「そういう訳ではない、他所の国で煌めく青春を送ってみないかという提案じゃ」


 二人の会話が一切の見込めないアイレンとしては戸惑うばかりである。


「いったいどういうお話で?」

「アイレン君はアースルト魔法学院は知っているかね?」


 ハーフル王国には強力な同盟相手が存在する。


 それがこのダッピロイ大陸の三分の一をその国土に収めるゴーウィン帝国である。アースルト魔法学院はそんなゴーウィン帝国でも最高峰と言われる魔法学院であり、大陸中から魔法使いを目指す優秀な人材が集まると言われている。


「その通り。そこに通わないかという提案じゃ」


 サトリナから封筒を手渡されると、アイレンもすぐに中身に目を通した。


「これって、入学願……? い、いったいどうして……?」


 魔法の勉強ができるのは願ったり叶ったりだが、肝心の目的が分からない。


「これは国家機密なのだが……」


 そう言ってテラシアは声を細める。


「我が国の第三王女であるクーデル王女が来年からアースルトに通われるのだ」

「ということはその護衛という事ですか?」

「少々違うな。アイレン君はハーサム殿下を知っているか?」

「確かゴーウィンの第一王子ですよね?」

「あぁ、良く知っているな。アイレン君にはその二人を恋仲にさせて欲しいのだよ。その『感応魔法』を使ってな」


 その言葉と同時に、サトリナの今日一番の大きなため息が屋内に染み渡った。

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