Infanteriebataillone auf dem Vormarsch
Die Geschichte eines Infanteriebataillons, das als Teil einer größeren Operation einfach zum Schlachtfeld marschiert.
行軍とは斯くばかりに難儀なる。
完全軍装にて8貫目にもなるか、これを負って一路敵の後背にある小集落をめざす数多の歩兵卒。この先の集落にある橋を奪取すれば敵軍の補給路を圧迫しえるとの企図によって、親衛隊歩兵第3連隊を基幹とする支隊が前進し漸進する。人馬は火砲は弾薬は、すべて役割の完遂を目して黙々と行く。3連隊3大隊長の役職を与えられ、佐官待遇の大尉の身分を与えられたとはいえ、この淫魔の身にすぎる気のせんでもない最精鋭部隊による迂回機動の指揮とくれば、身は奮い立つ。もとより伯爵の家に生まれてより、万一に家を継ぐことも考慮していろいろ学んだことがあるが、戦時に一個大隊概ね1000名の将兵を率いることなどは学ばなかった。まして精鋭と名高い部隊ともあらば、なおさら身に余ると感ずるに至り。
愛馬の松風号は、野戦に向かう装具の重さに黙々と耐えている。貴族のお嬢様の日常遣いの馬は、今軍馬に交じって戦場へとひた歩んでいる。
流れる川のように止まらぬ大進撃に、遅れまじの心理を持てば、気ばかりが急く。気は急いても早まらないものばかりだ。ふと頭上遥かに目をやれば重爆撃機の編隊が悠然と堂々たる威容を示し、今や空陸一体の軍国絵巻の一部を形成するかのようだ。きっとこの先の敵を爆砕しにゆくのだろう。やはり気ばかりが急いて、そんな気ばかりに滅入る。
休止の合間に馬を降りて地図とを見ながら、大隊の甲乙副官と連絡班長に各種調整を命じる。いよいよ集落の接近に伴い、敵に配属せられていると思われる騎兵や飛竜騎兵に対する軽快のために対空部署を設置し、警戒に出すべき斥候の人選、それに伴う連絡の維持、敵情の精査。
それにしてもにおうのは、数日の行軍で耐えがたくまで強まった淫臭か。風呂など入る暇もなく、洗い流せないそれが、休止で緩めた襟元から立ち昇るかのようだ。自分ですら耐えがたく、おかしくなりそうなくらいに甘い雌のにおい。朝には襟ぐりから香油を服の中にぶっこんでごまかせたと思っていたが、3時間でこのありさまだ。淫魔に生まれてからこれで困ったことは何度かあった。そういう行為は好きだが、そのための経過として莫迦に絡まれるのは嫌いだ。とりあえずもう一度朝同様に襟ぐりの合間から香油をどかと流し込む。これで少しは何とかなってほしい。
また行軍が始まってしまえば、できることも限られてくる。通信手段といったとて、無線機のような輜重車を2台も使うような大型機材は移動中に使えるものではない。そして有線も線を張らねば何ともならない。だから、伝令や斥候が行ってしまえば帰ってくるまでただただ征くのみとなる。
「大隊長殿、何か名状しがたいにおいがきついんでちょっと離れてもらえません?」
「おお、すまない。いや、私もきついとは思っているんだが、いかんせんこういう生き物でな。まあ少し離れようか。」
全く難儀だ。当代一、二を争うともいわれる最上級の淫魔として生まれたことはまたとない誇りであるが、今は鉄鎖のごとく身を圧しているかのようだ。まあそれはどうでもいいが。
気ばかり急く。機関銃がその威力を十全に発揮しえるか、弾薬の配分はどうか、馬糧は足りているか、帝国全土での輓馬不足で乗馬に用いる軽種すら動員されてなおも馬が足らず2割ほどを馬匹代用として投入されてきた輸送用自転車の性能は本当に足りているのか、気がかりなことばかりが胸中を渦巻いている。これも胸の大きく重たいいせいか、とも冗談を考えねば押しつぶされそうだ。
豊満なこの胸の奥底には醜く浅ましい一種の虫めいた狂気が狂喜とともに剣を握りしめている。300年前の戦争で偉大な武勲をあげ、家を興した先祖もこのような胸中であったのだろうか、それとも、当時の戦争は今の戦争と違って自己の武勇だけで何とかなったともいうから、気楽であったのだろうか。推し量るにも推し量れないものだ。300年ともなればあまりに社会は変わった。300年前、いや、10年前には機関銃もなければ野砲も航空兵器も、まして鉄道さえ偉力を発揮していなかったのだ。
社会が大きく変わろうというこの情勢下、今ここで戦争のために轡をとることの使命感。帝国の未来を担う使命感が今ここに結節して軍隊となっている。空地一体の軍国絵巻は、郷里の未来へとつながると信じている。一度はわが帝都すら戦場にして、ようやく押し返し始めたばかりだ。国土は奪還されなければならない。
幾度か小休止を挟み、いよいよ昼食をとる前の給水の目的を以て地図上に示された湧水地にたどり着こうとしている。将校斥候が戻ってきて、敵がその湧水地にあると知らせてきた。その数1500以上。各中隊に完然の戦備を命じつつ、この旨を連隊本部に向けて伝令を出す。空気が張り詰めたように緊張してゆく。大隊は次第に散開しながら、水場の敵を粉砕せんとする。自分も緊張しているのがわかる。自分の命令で幾名もの部下が死ぬのだと思えば、不思議と不安と渾然一体となった高揚がある。尚武の家に生まれたからには、いつか通らねばならない通過儀礼のようなものだろう、不可思議な高揚。不安と高揚は淫陽の紋に似て、どちらがどちらを呑みきることは決してない。
いよいよに迫って、鉄帽の縁を少し上げて双眼鏡で敵のいるあたりを見てあまりの情景に言葉を失った。濛々と炊煙が上がっている。敵は警戒の斥候も出さずに蝟集状態で炊事をしている。罠を疑うような信じ難いまでの好機。機関銃中隊と大隊砲小隊に直ちに射撃を命じる。手旗の合図と、それに続いて機関銃が速やかに射撃のできるような状況に組み上げられ、敵に射弾を浴びせうる位置に一挙神雷のように陣地占領をしてゆくのが見える。大隊砲が砲架を開いて、直射につく。大隊長や連隊長は戦争が一番楽しい役職といわれるが、それはこのように、自分の指示で部隊がそのように動くのを直接目にできて、それを指揮できるところにあるのだろう。私は今それを気に入った。小隊長や中隊長では手元の把握が忙しすぎてきっとこれほど楽しくはあるまい。
間髪を入れず機関銃中隊の射撃が始まった。天地も砕けよと叫ぶがごとき重機関銃六挺の全力射撃である。曳光弾は入れていないが、もはや必要でない。蝟集状態の敵の中で骨肉血煙土煙の混ざった着弾の様相がありありと双眼鏡越しに見える。さらには大隊砲の射撃も始まり、発砲の轟音、着弾の爆音、どうと上がる大きな土煙。敵の集団は、悪童が玩具箱の中身をひっくり返して投げ出したかのようにバラバラに散らばっている。その悪童にあたるのはこの私か、それともこのような状態に部隊を無為に置いておいている敵の指揮者か。まるで現実感がない戦闘だ。戦闘というよりは一方的な殺戮だ。これほど気楽な戦争はない。鼻歌が自然に出ていたのをようやく自覚するくらいには気楽な戦争だ。長いようで短い射撃が終わった。腕巻き時計で見てみれば2分も経っていない。それで1500程度の数の敵を一掃したのだ。一番敵に接近していた第11中隊に検分に行くように命じる。手旗や発光に全く応じないから結局伝令を出した。何事も思い通りにはいかないものだ。たとえ自分の肉体のことであってもうまくいかないことが多いのであるから、ましてや多数の将兵の集合たる部隊においては。鉄帽を脱いで、ちょうどいい感じの岩に腰掛ける。鉄帽は苦手だ。人間と混血して小さくなり、普段はほとんど存在感がない角であるが、鉄帽はそれを圧迫する。
「大隊長殿、敵は片付きましたが、給水はいかがいたしましょうか」
乙副官がその職の範囲について問うてきた。敵の血肉骨片で水が汚染されたことについて、解決せねばならない。大隊にはそれを解決しえる機材がある。この使用を命じることができるのは大隊長の専管事項である。だからこういう聞き方になる。
「作井機を使用し可及的速やかに作井し、沸水車にて煮沸後給水せよ。直ちにかかれ」
あえて『さくせい』といわせているような気もしたが、まあ気のせいだろう。甲副官に先頭について射耗弾薬や他故障した兵器などについて取りまとめを命じて、一息つく。まだ戦争はこれからだ。きっと自分の命令で多数が死んだり殺されたりするだろう。選んでこの仕事に就いたのだ、それはもはや日常である。日常にせねばならない。それが階級章の重みであり、権限である。親衛隊将校として、命尽きるときまで偉大なる帝国最高指導者閣下とそのもとに燦然と輝く帝国のために。