黄昏が変わる頃
「会話の極意」
「素晴らしき愛をもう一度」
「海よりも深い愛を」
の3つの作品を収録する今作。
そのうちの会話の極意の序盤になります。
会話が出来ない主人公(美佐雄)17歳が会話を会得する(出来るかどうかは不明)までの波瀾万丈のコメディになります。
愉快に仲間と一緒に仙人に会いに行くため、山に冒険に出掛ける美佐雄。そこで待ち受けるものとは!?
という内容になります。
登場人物紹介
美佐雄→過去にいじめられたことで、会話が出来なくなる。元々知的能力は低い。ただし、大富豪の御曹司。
昴→美佐雄の親友。安定の突っ込み役。主人公を差し置いて彼が話を展開します。
達彦→お笑い芸人を目指すために会話の勉強をしている。語尾にギャグを言う癖がある。
愛海→白馬の王子様を謎の美少女。彼女もまたずれている。
仙人→山にいると言われる仙人。会えば何でも願いを叶えてくれるらしいが……。
「ええー、まずだな。会話というのは相手がいて成り立つものである」
昴の会話の授業が始まった。経緯としては、青年(主人公)が会話が出来ないのを更正しようというものだ。
「僕の名前は美佐雄。やっぱり自分の名前から言うのが正しいよね」
「僕の名前は達彦。なるほど。名前からか、からから赤ん坊」
「そうだな。確かに名前は大事だ。しかしーー」
と、冒頭から昴は頭を悩ませていた。
「僕は良く紙飛行機を作ります。趣味も言わなきゃね」
「僕は良くギャグを言います。なるほど、趣味もか、モカブレンド」
「うん、まあそう。趣味も大切なんだがな。だがなーー」
そう、青年と二人で始める予定だった授業にいつの間にやら乱入者がいたのだ。名前は達彦と言うらしい。どこで何を聞きつけたのか、すっかり授業に馴染んでいる。
「あっ、昴。飛行機雲だよ」
「本当だ。すごイカロス」
「・・・・・・」
ということで、乱入者の影響もあって授業は崩壊しつつあった。
「今日は天気がいいね。お散歩しよう」
「良い天気には能天気分」
「美佐雄。いい加減にしろ」
お散歩をしようとし始める青年に昴がカチンときたのは言うまでもない。とりあえず、乱入者は置いといて、青年への説教から始めることにする。
「んっ、昴居たの。あっ、そっか講義中だったね」
「お前から言い出したんだろ。おい、俺はいつ止めてもいいんだぞ」
いくら親友とは言え、ここまで自由にやられると耐えきれなくなるのも無理はないと思われる。
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。何か悪い事したなら謝るからさ」
青年も昴の表情が本気になっているのを受け取ったのか、手を合わせて謝っている。
「止められたら困るんるんルンバ」
ノイズのように達彦が何かをしゃべっているが、今はガン無視だ。
「ならまずちゃんと話を聞け。まずはそこからだ」
「はーい。先生。ラジャ」
青年は手を上げて、にこやかに返事した。本当に悪気がないから憎めないやつである。
「ラジャー、じゃかじゃかじゃーん」
と、一段落ついたので、昴は達彦をきっと睨んだ。
「ところでおまえは誰だ。いつの間に」
「ほんとだ。誰」
お前は聞くな。と、言いたい。
「こんにちは。達彦と言いますまし顔」
言いながら、達彦はすまし顔になって真面目に前を向き始める。いつでも授業を聞きますよと言っているようだ。
「す、すまし顔って。いや、名前は良い。どうしてここにいるのか聞いているんだよ」
昴としてはすぐ立ち去って欲しいところだった。さすがに阿呆二人を相手にするのはしんどい。
「会話の極意が身近で手に入ると聞きつけたのデモンストレーション」
やはりどこかで聞きつけたのだろう。というか、たぶん廊下で青年との会話を聞いていたのだろう。
「で、デモンって……。極意かどうかはわからないけど、確かに会話の講義はしているな」
昴は少し値踏みをする。このまま達彦は講義を受けるつもりのようだが、それを回避出来るものかどうかだ。場合によっては受けさせるのも悪くないかもしれない。限りなく可能性として低いが。
「私、お笑いの道を目指す志しを持ってる故に会話の極意を会得したもーもーっとうしししし」
「あはははははは」
と、青年がくだらないギャグに大笑いを始める。その間も、昴は冷静に達彦を眺めていた。
「お笑い……。牛……。なるほど、察した。君はまず語尾を普通にしなさい。それが極意だ」
そして、端的に解答を言う。これでいなくなってくれるはずだ。
「はうっ。語尾……。極意……。ろじかけ」
語尾を消せという指令を出したわけだが、達彦は苦しそうに語尾を付け加えてしまう。
「色仕掛け、ね。よーくわかった。君には簡単な事ではないのね。でもその語尾、面白くないよ」
昴の奥の手だ。お笑いの道を目指していると言っていた。つまりいずれのギャグも面白いと思って発しているのだろう。しかしそれが崩れればどうだ。簡単に言うと、夢を取るか、語尾を取るかだ。
達彦は世界で自分一人が生き残ったかのような顔をした。
「ガーンコ親父」
どうやら語尾を取ったようだ。
「あははははははは。達彦君って面白いんだね」
そして青年のいらぬ発言が入る。昴の計画が台無しである。
「はぁ。嬉しすぎルンバ」
達彦は今度は、最愛の人にキスされた時の顔になり、はしゃいでいた。
「お前は余計な事を」
呆れていた昴は更に肩を落としながら突っ込む。どうやら面倒を見なくてはいけないらしい。
「私決めました。山にこもりまするするするする蔦上る」
と、達彦の方から急に離れていくことを示唆する発言が出る。しかし、急すぎて頭が追いついてこない。きっと、ここでは極意が手に入らないと思ったのだろうことは辛うじてわかった気がする。
「何だ急に」
「山」
さすがの青年も頭にクエッションマークが浮かんでいる。と、ここですかさず昴の鋭い眼光が動く。
「うん。ちょっと待った。お前、話聞けるのな。その基準を教えてくれ」
そうなのだ、あの青年がまともに人の話を聞いていた事実が浮かんできた。青年との円滑なやりとりのためにはこの情報は知っておきたいところなのだ。
「おっ、今度は僕が先生。やったぁ。昴にはいつも教えてもらうばかりだから、なんか新鮮」
昴は青年の間の抜けた反応には気を止めず、久方ぶりにまともな会話が出来ているのに感動と関心を向けている。
「おっ、なんかやっと会話になった気がする。なあ、お前が話を聞く基準を教えてくれないか。まずはそこからな気がする」
「何を教えれば良いのかな。教えること教えて。あれ、ダメだ。先生は教わる人じゃない。教える人だから、教えないと。だから、えーと……」
青年が言葉を紡ぎ出す度に昴のテンションは下がっていった。
「ダメだこりゃ」
「コホンコンコン狐が来ん」
と、しばらく放置されていた達彦が割としっかりした面持ちで注目を集める。
「おう、悪かったな。続きを教えてくれ。どうして急に山なんだ」
「山には仙人がいると言われている。その仙人は何でも知っていて、会えれば何でも教えてくれると言われて居る巣」
と、達彦が真面目な顔してとんでもないことを言った。
「おいおい、そんなよた話信じてるのか。流石にこのご時世仙人はないだろ。仙人は」
昴は何度目かになる頭を抱えた。その話は一応聞いたことあるが、この地域の七不思議として扱われている話で、都市伝説の類いの域を出ない話なのだ。
「私のことを呼んだ」
と、そんなところでまたよからぬ乱入者が現れた。昴は展開についていけなくなってきている。
「なんだ、急に」
聞こえたのは女性の声。廊下からだ。仙人の話をしているところで「呼んだ」と来た。それをそのまま捉えるなら彼女が仙人だ。
「呼ばれて飛び出て私の名前は世界のヒロインあ・い・み。私の白馬の王子さまはどこー」
ただ、仙人は山にいるはずで、偏見だがきっと男で、年も取っていて、目の前の学生である可能性は非常に低い。
「ちょ、待った待った待った。うるさいし、呼んでないし、ってめっさ美人」
現れたのは目を奪われるほどの美少女だった。
「あら、私の王子さまにな・り・た・い・の。そのためには主人公にならなくちゃダメよ」
どうやら恋人を探しているらしいが……。特殊な恋人のようだ。一瞬目を奪われたが、昴はすぐに冷めた目になる。
「美人だけど、変人だ」
「初めまして、僕、美佐雄って言います。お綺麗ですね」
さも、会話の極意を勉強しました風に青年は挨拶をした。
「はぅっ。ダメよ、ダメ。そんな目で見つめないで。ダメ。二人で私を争わないでー」
昴はもう頭が重くなっている。
「争ってないし、マイペース過ぎるだろ。何でこうまともに会話できるやつがいないんだ。俺もその仙人とやらに会いたくなってきた」
割と本音だ。仙人がいるかはわからないが、いや、いないと思うが、会ってみたい気持ちになってくる。
「じゃあ会いに行こうよ」
青年が目を爛々とさせている。
「みんなで行こうそうしヨーヨー」
そう言えば彼が言い出しっぺだったか。
「冒険に出掛けるのね。いいわ、ヒロインには冒険はつきもの。王子さまと一緒に魔王と戦うわ、私」
彼女はもう放っておこう。
「えっ、いや、冗談だったんだけど」
いつの間にか行く流れになってしまっていることに引いている昴。いやだって、仙人に会いに行くって、まともじゃないのだもの。
「あーあ、私の愛しの王子さまはどこー」
「主人公って王子さまじゃなくちゃだめなの」
「布団が吹っ飛んだ。たまには普通のギャグもーもーっとうしししし」
「あはははは、やっぱり達彦くんは面白いね」
「貴方だけはヒーローはないわね」
「ひどい。どいつ。いつから。からす」
「ギャグは下品」
「げひーんひんひん馬の鳴き声」
「貴方はヒーローになりたくない」
「僕はなりたいよ」
「あらっ、良いわね、じゃあ私にそれを示してみて」
しかし、会話はドンドン進んでいく。阿保同士の会話だが、成立してることに驚く昴。そして昴は思った。まともじゃない奴らなのだから、まともじゃないことをやってもそれはもう普通なのかもしれないと。類は友を呼ぶとも言うし、案外会えるのかもしれないと。ともかく、お目付役は必要だろうと。
「ま、いっか。こいつらの面倒を仙人様に任せた方が気が楽だ」
そう言って、行くことをこっそり決めるのだった。
「さあ、冒険の始まりよ」