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花園地獄  作者: 九藤 朋
8/26

八、

 日暮家には子供が年頃になると上等な文具を与えるという習わしがあった。各務は蒔絵万年筆七宝を、鮮はダリアという彼女を彷彿とさせる硝子万年筆を持っている。この極めて価値の高い文具の選別においては、全て子供の自由意志が尊重される。

 とりわけ各務の万年筆は、格調高く伝統芸能の粋を凝らしただけあり、風雅で美麗であり、値段は勤め人の月給にも値する。親は代金を支払うだけというのが鉄則なので、今回のように、瑠偉に自由に選ぶよう万年筆や硝子ペンが食堂のテーブルには所せましと並び、それぞれの美を主張して眩いばかりである。


「瑠偉の自由にお決め」


 各務が優しく促す。その声一つにも、熱が籠められている気がして、瑠偉はこくりと咽喉を鳴らす。

 まだ日が高く、蝉がミンミンと相変わらずの大合唱を謳歌している。空は僅かに紫を纏い、その他は青一色である。

 

「書き心地も試したほうが良い。インクも紙もあるから、遠慮するんじゃないよ」

「はい、お兄様」


 瑠偉の選ぶ書き物の条件は、唯一つ。

 各務の持つ華麗な万年筆に見劣りしないもの、であった。こういう時、如何にも茶々を入れて来そうな鮮は怠いとかで部屋に閉じ籠りベッドに転がり、冷房の恩恵を受けている。

 硝子ペン、紬、ターコイズ。

 ねじり、ロイヤルブルー。

 マーブル、グリーン。

 名を追うだけでもくらくらと眩暈がしそうだ。各務はあくまで瑠偉の好きにさせる積りのようで、一切口を出さず、食堂の壁に寄り掛かって瑠偉の様子を窺っている。その視線が嬉しくて心躍るのは、自分が単純だからだろうか。兄に恋慕を寄せる愚かな小娘。それでも良い。共にいられるのなら。

 硝子ペンの中には果物をモチーフにした物もあった。美味しそうで可愛らしい。

 誕生百周年記念の壮麗な紺と金色の万年筆もある。


「硝子ペンはドイツが実利的で書きやすいと僕は思うよ」


 静かに挟まれた兄の言葉に頷くと、瑠偉は硝子ペンを試し書きしていった。そのあとには万年筆を。

 そうして必死な瑠偉は気づかない。各務が、萌葱色の絽を纏い、真剣に文具を選ぶ様子を一枚の絵画のように愛でているということに。

 悩んだ末、瑠偉が選んだのはモノクロームという硝子ペンだ。滑らかな表面に仕上げた軸をシックな色調で彩る。各務の万年筆ほど高価ではないが、格調高く、今の瑠偉には背伸びともとれる。


「お兄様。私、これにするわ」

「瑠偉はそう言うと思ったよ」


 各務が壁から身を起こし、にっこりと笑う。


 各務は自分の全てがお見通しのようだ。

 けれどそんな各務も、悲壮なくらいの気持ちで瑠偉がたった一本の硝子ペンを選び出したとは知らないだろう。知らないで良い。それで良い。


 この気持ちまで暴かれたら。暴かれたら。


 もう、後戻り出来ない気がする。



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