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花園地獄  作者: 九藤 朋
7/26

七、

 その日の出来事はアイスピックで大きな氷塊を突き、粉々にしたように瑠偉の心に冷たくも重々しく鎮座した。いや、冷たさだけではない。そこには熱もまた確かにあった。煌めき散らばる氷の粒がてんでばらばらに瑠偉の心にあり、それは極寒であったかと思うと灼熱に変じたりした。

 鮮は相変わらずダリアか牡丹(ぼたん)のように女王の如く好き勝手に君臨して放埓(ほうらつ)に振る舞い、柏木はいつも通り冷静沈着に別荘内のことを取り仕切っていた。兄妹の間の変化に気づかぬ訳でもあるまいに、そんな様子はおくびにも出さない。執事の(かがみ)である。

 各務は妹に不用意に接近しようとはしなかった。あまつさえ男女の体格差を利用して無理強いしようなどということは。瑠偉はそのことに安堵し、落胆した。そして落胆している自分に気づいた時、羞恥(しゅうち)で顔を赤く染めた。恥知らず、と自分を(なじ)る。人の心は一人のものでさえ一色ではない。丁度、今、瑠偉が座る庭の見渡せる窓際に置かれた勉強机にあるステンドグラスのランプシェードのように多様な輝きを放つ。ランプシェードは月下(げっか)美人(びじん)を模して作られていて(たお)やかに俯いている。繋ぎとなる箇所は鈍い銀の線。

 瑠偉はそこまで考えて宿題がお留守になっていることに気づき、再び紙面と格闘する。実は各務に宿題を柏木に手伝ってもらっていることをからかわれたことを気にしていた。


「瑠偉」


 呼ぶ声にハッとする。各務の声は深海のようだ。低く惑わず惑わし(さら)う。


「お茶の時間だよ。おいで。柏木が待ってる」

「――――……お兄様。私、今、宿題をしていたのよ」


 重大事のように告げる。


「うん。解っているよ。瑠偉は偉いね」


 歩み寄り、頭をよしよしと撫でられる。それはあの夜以来、各務が瑠偉に近づいた瞬間だった。各務の手は宝細工を扱うかのようだった。あの夜の激しさとは無縁で。


 それが瑠偉には安心出来て、また、口惜しくもあった。

 各務は大人だ。瑠偉は子供だ。

 それは厳然たる事実で変えようがない。



 いつか私が貴方に追い付いたなら。




 その時は私を貰ってくださいますか。





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