四、
瑠偉はお茶の後、自室で夏休みの宿題をしていた。
それが一段落ついた頃には、もう昼に近かった。兄に、柏木に宿題を手伝ってもらっていたことが知れたのが恥ずかしく、今年こそは自力で終わらせようと固く心に誓ってのことだ。樫の木の勉強机はフランス産のアンティークだ。この別荘には至るところに両親の好事家振りを示す調度品があった。ラリックも、父による収集だ。しかし中には先祖の頃からのものもある。日暮家は好事家の血が脈々と受け継がれている。
瑠偉もまた、その例に漏れない。だが彼女の場合は高価な収集ではなく、硝子片やビー玉など、どちらかと言えば他愛ない、子供が無邪気に遊ぶような類のものだった。
久し振りにそれらを磨こうと思い立ち、帆布のバッグにざらりと入れると洗面所に向かった。硝子片はバッグに入れる時、虹色の輝きを零した。
洗面台は琺瑯で出来ていて、金色の太い管がついている。瑠偉は同じく金色の柄に、白い陶器で藍の染付がしてある蛇口をひねり、帆布の中から一つ一つ、ビー玉や硝子片を取り出して丁寧に洗った。正面に窓のある洗面台には夏の強い陽射しが照り付け、今しもあれ水に濡れたそれらをきらりきらりと光らせた。緑や茶色、紺に赤の硝子は宝玉にも劣らない。
「瑠偉? 硝子を洗っているのかい?」
「あ、お兄様」
各務が愁眉で訊いてくる。水音が洗面所の外にまで漏れたのだろう。
「そうよ。この子たち、たまには水浴びさせてあげなきゃいけないと思って」
「危ないよ」
「大丈夫よ」
「危ないよ……」
そう言うと各務は、瑠偉の後ろから包み込むような体勢で、瑠偉の手を握り硝子片をそっと自分の手に移した。瑠偉は急に密着した兄の体温に、自分の体温を上げ、赤面してどぎまぎした。静かな水音が響く間中、瑠偉の心臓は音高く鳴り止むことはなかった。