三、
日暮兄妹は和装も洋装も、その日の気分次第で異なる。今日はたまたま、兄が和装で妹が洋装だった。それだけで、瑠偉の機嫌は下降気味だった。兄の着る玉虫の単衣は美しく、青紫に水玉のワンピースを着た自分がひどく子供っぽく思えた。いや、思えた、のではない。事実、瑠偉はまだ、各務から見ると子供なのだ。二十歳と、十七では実際以上の開きがある。その事実は錐のように瑠偉の心を刺した。朝食を終えた二人は、庭のパラソルの下で紅茶を飲んでいた。薔薇の香りと喧嘩しないよう、無難にダージリンを飲んでいる。柏木がテーブルに置いたパウンドケーキは洋酒の効いたドライフルーツがぎっしり入っている。
その柏木は今、つなぎを着てガーデニングの最中だ。害虫対策や水遣り、草取り。それだけに留まらない。
咲く花は美しいが咲かせる苦労は数知れない。
プリンセス・モナコ、イングリッシュ・ガーデン、ウィリアム・モリス等。
「プリンセス・モナコは悲劇の王妃・グレース・ケリーの薔薇だね。ウィリアム・モリスは生活と芸術を一致させようとするアーツ・アンド・クラフト運動の先駆者だ。かくて薔薇には人の名前が多い」
またお兄様の講釈好きが始まったわとくすくす笑いながら、瑠偉は紅茶碗に口をつける。その紅茶色に染まる唇を、兄が注視しているのには気づかない。
「薔薇を栽培する人の心に触れた人だけの特権なのね。素敵だわ」
「名を捧げられた人が必ずしも幸福だった訳ではないのだろうけれどね」
そう言って各務は立ち上がると、柏木に話しかけていた。各務もまた、時々ではあるが各務の手伝いをして園芸の真似事をする。棘で兄の手が傷つかないかと、瑠偉はかねてより不安に思っていた。少しして、真紅の薔薇を二本、手にして戻って来た。
「瑠偉にあげるよ。棘はちゃんと取ってある」
「嬉しい! ありがとう、お兄様」
瑠偉は兄と違い薔薇には疎い。
だから、真紅の薔薇の花言葉が「死ぬほど恋い焦がれています」だということも、二本の薔薇が「この世界は二人だけ」ということも知らなかった。