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花園地獄  作者: 九藤 朋
26/26

二十六、

 瑠偉は鮮の宿題を手伝っていた。鮮に泣きつかれたと言うより、手伝うよう上から命令されたのである。思うところがないでもなかったが、瑠偉は鮮の部屋で夏休みの宿題に取り組んだ。幸い、鮮は瑠偉より一学年下なので、解ける問題が多い。熱心に取り組む瑠偉の横で、鮮はアイスカフェオレを優雅に飲んでいた。冷房が入った部屋は涼しく、快適だ。


「ねえ、瑠偉。まだ終わらないの?」

「待って。もう少し」

「あたし、退屈だわ」

「ごめんね」


 自身のせいではないのに詫びる瑠偉の首に、鮮は腕を回してじゃれつく。この少女は時折このように、瑠偉にも甘える時があった。瑠偉はどきまぎしながらシャーペンを走らせる。


「各務兄さまに相手してもらおうっと」


 鮮はそう言って部屋から出て行ってしまう。各務には、瑠偉こそ甘えたいと言うのに、鮮の自己中心的な性格がこんな時は恨めしい。何とか最後の問題まで終わらせると、シャーペンを置いて溜息を吐き、食堂でオレンジジュースを貰い、自室で涼みながら飲んだ。瑠偉の脳裏には青い蝶の姿がある。あの宝石のような尊い命に、瑠偉は魅了されていた。同時に恐ろしくもある。なぜだか解らないが、あの蝶に、厳粛で神聖なものを感じるのだ。ベッドの上で体操座りをして、顔を俯けると、亜麻色の髪がさらりと流れる。各務はまだ鮮の相手をしているのだろうか。胸がチクチクと痛い。そんなことを考えていたら、部屋の扉をノックする音がして、応じると当の各務が入って来た。


「お兄様! 鮮は?」

「十分構ったから置いて来たよ。少し拗ねたようだったけどね。鮮の宿題をやってあげたんだって?」

「ええ」

「余り甘やかすのは鮮の為にもならないよ」

「はい……」


 瑠璃色の単衣を着た各務は、白いシャツブラウスと白いスカートを身に着けた瑠偉とは好対照だ。ポン、と瑠偉の頭に各務が手を置く。


「でも、頑張った瑠偉にご褒美をあげなくちゃね」

「ご褒美?」

「うん。何が良い?」


 欲しいものはある。焦がれるものも。けれどそれを口にしてはいけない気がした。瑠偉は兄の広い背中に腕を回して身体を密着させた。自分の心臓の音が煩い。各務がそんな瑠偉の髪を優しく手で梳いてくれる。瑠偉は背伸びして、各務の胸に耳をあて、その鼓動を聴いた。規則正しく響く心音は、耳に快く、ずっと聴いていると眠ってしまいそうだ。だが、眠れる訳がない。相手は各務なのだ。瑠偉は今しも口から心臓が飛び出そうな心地だった。そうしていると、各務が瑠偉を抱き上げ、ベッドまで運んだ。自分もベッドに横になり、天井を向く。右手は瑠偉の頬を撫でている。何ということはない触れ合いなのに、身体全体が発熱するように熱い。


「何もしないから、眠ると良い」


 各務が罪なことをさらりと言う。瑠偉は切ない腹立ちを抱き、各務の右手を捕らえた。その甲にゆっくりと口づけを落とすと、各務の身体が一瞬、固まった。シャツブラウスのボタンが外されていく。瑠偉は下着姿になった心許なさと羞恥に、微かな声を上げた。各務はそんな瑠偉をくるむように抱き締めた。体温と体温が密着する。やはり自分は各務のことが大好きなのだと、瑠偉は心に刻むように確信した。



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