二十五、
夏休みの宿題も、ほぼ終わった。瑠偉は呆けたように、ベッドに横たわっていた。ワンピースは生成りの麻で、襟元に小さなレース飾りがついている。亜麻色の髪を手慰みに搔きながら、瑠偉は目を閉じた。蝉はいつまで粘るのだろう。今この瞬間にも何か大きなものの力が日常を打ち砕き、全てを台無しに、そして平らにしたらどうなるだろう。埒もないことを考えてしまう。目を開けて、起き上がると、アートアクアリウムの写真集を眺めた。金魚の壮麗な舞い。命の侮辱。飢えた心。瑠偉は写真集を閉じて、部屋を出た。スリッパも履かず、裸足でひたひたと廊下を歩くと、それだけで悪い子になったような気がして、けれどそれが悪くない。窓から見える残照が山を染める。食堂から庭に降り、サンダルで歩みを進めれば、薔薇の香りの横、森の奥に通じる道がある。瑠偉はそこをじいっと見つめた。
ポン、と肩に手が置かれた時は、飛び上がらんばかりに驚いた。各務が立っている。
「お兄様」
「どうしたんだい、瑠偉。もう日が暮れるよ。直にご飯だ」
各務はサックスブルーのボロシャツにジーンズを穿いていた。茜の空には烏の群れ。寝床に向かっているのだろう。
ふわ、と一匹の蝶が舞う。
青い命の宝石のような蝶。瑠偉は思わず手を伸ばしたが、蝶はふわりふわりと、瑠偉たちを幻惑するように森の奥へと消えてしまった。それを各務が目で追う。
「あの蝶が欲しいのかい?」
「ううん。気になるだけ」
「さあ、おいで。柏木が待ってる」
「はい」
各務に促されて別荘に戻る前、瑠偉はもう一度、後ろを振り返ったが、そこに蝶の片鱗はなく、ただ薄暗がりになりつつある森が続いているだけだった。それが無性に寂しくなった瑠偉は、隣を歩く各務に抱き着いた。
「瑠偉?」
「何でもないの。何でもないから、少しの間、こうしていさせて。お兄様」
「……」
各務は無言で妹を見ると、自らも瑠偉の肩に腕を回した。いつもであれば硬直しそうである瑠偉が、ねだるように身体を更に押しつけて来る。柔らかな少女の感触に、各務は自然、回した腕に力を籠めた。烏が、蝉が鳴いている。自分たちを不埒と糾弾する人間はここにはいない。各務は瑠偉の亜麻色の髪を何度も手櫛で梳いて、それからその手を下降させた。生成りの麻の下に忍び込む。水蜜桃の肌が、その段階になってびくりと震える。各務は、屈んで瑠偉の鎖骨に唇を押し当てた。赤い所有印が残る。瑠偉が小さな声を上げた。各務の手は水蜜桃を更に探る。逃げるかと思われた瑠偉は、逆に身体をいよいよ押しつけて来る。そして、背伸びして各務の唇に唇を重ねた。
拙い口づけは、その拙さゆえに愛しく、各務は夢中になって貪った。