二十四、
探険を終えた瑠偉と各務は、庭のパラソルが作る影の下で一休みしていた。柏木が、そんな二人の前にアイスティーの入ったグラスをことりと置く。
「如何でございました? 青の部屋は」
「とても素敵だったわ」
「そうでございましょう」
柏木はそれだけを言い、目を細くして微笑すると、屋内に戻った。蝉は今日も生を謳歌している。各務がアイスティーを飲む横顔を、瑠偉は密かに盗み見る。整った輪郭の、とりわ鼻梁がすう、として綺麗だ。目はビー玉のように光の加減で透き通って見える。そのビー玉が不意に瑠偉のほうを向いたので、瑠偉の鼓動が跳ねた。
「瑠偉は蜻蛉玉に興味あるかい」
「蜻蛉玉?」
「そう。以前、雑貨屋で作家物の硝子製のを見ただろう。あの時、瑠偉の目は輝いていた」
「思い出したわ。小さな球体に、花模様や色々な物が詰まって、とても綺麗だった」
「蜻蛉玉にも色々あってね。フェニキア玉、戦国玉、ローマンモザイクにローマングラス。特に銀化現象というものが起きた玉は光が乱反射して、虹色の輝きを帯びて綺麗なんだよ」
「見てみたい……」
各務がにっこりと笑った。
「瑠偉はそう言うと思った。来週、丁度、瑠偉の誕生日だろう? それに合わせて幾つか取り寄せてあるから、楽しみにしておいで」
夏生まれの瑠偉の誕生日は、夏休み中にある。その為、友人や多忙な両親からは中々祝ってもらえない。瑠偉は各務さえいてくれたらそれで良かったが、そうであっても、各務の心遣いが嬉しかった。蝉の声が、柔らかく響くようになるから現金なものだ。
「ありがとう。各務お兄様」
その時、眩しいばかりだったパラソルの外に立つ人影があった。
「瑠偉には随分、優しいのね。各務兄様」
「鮮」
「私も誕生日プレゼントが欲しいわ。瑠偉だけにあげるのは不公平なんじゃなくて?」
今日も鮮は華やかなカナリアイエローの発色の、ノースリーブのキャミソールを着て、際どいスリットの入ったオレンジのロングスカートを穿いている。いつもながら煽情的な装いだった。
「鮮は何が欲しいんだい?」
穏やかに各務が応じる。
「瑠偉に取り寄せた蜻蛉玉と、そっくり同じのを」
「蜻蛉玉は一点一点違うから、そっくり同じと言うのは難しいよ」
「似ていたらそれで良いわ! 私は、もっと各務兄様に大事にされるべきだわ、こんな小娘より」
鮮が自分を睨む目には紛れもない憎しみが宿っていたので、瑠偉の胸はナイフで傷つけられたように痛んだ。
「鮮。似た物を揃えてあげよう。だから、瑠偉を蔑ろにする言葉は口にしないでくれ」
各務の声は低く抑えられていたが、懇願の形をとった物言いは、命令の響きを帯びていた。鮮が怯んだ様子を見せる。
「……汚らわしい!」
吐き捨てて、別荘の中に足音荒く入って行く。鮮が何を指して言ったのかは、もう兄妹は理解している。各務の顔色は変わらなかったが、瑠偉は俯いた。許されない想いは今も胸にあり、鮮の言葉は先程よりずっと深く、瑠偉の心を抉った。蝉の声が、攻撃的に聴こえてくる。嘲笑いあげつらい、糾弾するかのように。
各務が瑠偉の冷たくなった手を取る。
「お兄様?」
手の甲に、温もりが落ちた。
「鮮のことは気にしないで。人の見方、考え方は様々だ。少なくとも僕は、僕と瑠偉が汚らわしいとは思わない」
掌にも、温もりが落とされる。瑠偉は紅潮した。目尻に涙が溜まる。
どうしようもない。
どうしようもなく、各務が好きだ。