表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花園地獄  作者: 九藤 朋
24/26

二十四、

 探険を終えた瑠偉と各務は、庭のパラソルが作る影の下で一休みしていた。柏木が、そんな二人の前にアイスティーの入ったグラスをことりと置く。

「如何でございました? 青の部屋は」

「とても素敵だったわ」

「そうでございましょう」

 柏木はそれだけを言い、目を細くして微笑すると、屋内に戻った。蝉は今日も生を謳歌している。各務がアイスティーを飲む横顔を、瑠偉は密かに盗み見る。整った輪郭の、とりわ鼻梁がすう、として綺麗だ。目はビー玉のように光の加減で透き通って見える。そのビー玉が不意に瑠偉のほうを向いたので、瑠偉の鼓動が跳ねた。

「瑠偉は蜻蛉(とんぼ)(だま)に興味あるかい」

「蜻蛉玉?」

「そう。以前、雑貨屋で作家物の硝子製のを見ただろう。あの時、瑠偉の目は輝いていた」

「思い出したわ。小さな球体に、花模様や色々な物が詰まって、とても綺麗だった」

「蜻蛉玉にも色々あってね。フェニキア玉、戦国玉、ローマンモザイクにローマングラス。特に銀化(ぎんか)現象(げんしょう)というものが起きた玉は光が乱反射して、虹色の輝きを帯びて綺麗なんだよ」

「見てみたい……」

 各務がにっこりと笑った。

「瑠偉はそう言うと思った。来週、丁度、瑠偉の誕生日だろう? それに合わせて幾つか取り寄せてあるから、楽しみにしておいで」

 夏生まれの瑠偉の誕生日は、夏休み中にある。その為、友人や多忙な両親からは中々祝ってもらえない。瑠偉は各務さえいてくれたらそれで良かったが、そうであっても、各務の心遣いが嬉しかった。蝉の声が、柔らかく響くようになるから現金なものだ。

「ありがとう。各務お兄様」

 その時、眩しいばかりだったパラソルの外に立つ人影があった。


「瑠偉には随分、優しいのね。各務兄様」

「鮮」

「私も誕生日プレゼントが欲しいわ。瑠偉だけにあげるのは不公平なんじゃなくて?」


 今日も鮮は華やかなカナリアイエローの発色の、ノースリーブのキャミソールを着て、際どいスリットの入ったオレンジのロングスカートを穿いている。いつもながら煽情的な装いだった。

「鮮は何が欲しいんだい?」

 穏やかに各務が応じる。

「瑠偉に取り寄せた蜻蛉玉と、そっくり同じのを」

「蜻蛉玉は一点一点違うから、そっくり同じと言うのは難しいよ」

「似ていたらそれで良いわ! 私は、もっと各務兄様に大事にされるべきだわ、こんな小娘より」

 鮮が自分を睨む目には紛れもない憎しみが宿っていたので、瑠偉の胸はナイフで傷つけられたように痛んだ。

「鮮。似た物を揃えてあげよう。だから、瑠偉を蔑ろにする言葉は口にしないでくれ」

 各務の声は低く抑えられていたが、懇願の形をとった物言いは、命令の響きを帯びていた。鮮が怯んだ様子を見せる。

「……汚らわしい!」

 吐き捨てて、別荘の中に足音荒く入って行く。鮮が何を指して言ったのかは、もう兄妹は理解している。各務の顔色は変わらなかったが、瑠偉は俯いた。許されない想いは今も胸にあり、鮮の言葉は先程よりずっと深く、瑠偉の心を抉った。蝉の声が、攻撃的に聴こえてくる。嘲笑いあげつらい、糾弾するかのように。

 各務が瑠偉の冷たくなった手を取る。

「お兄様?」

 手の甲に、温もりが落ちた。

「鮮のことは気にしないで。人の見方、考え方は様々だ。少なくとも僕は、僕と瑠偉が汚らわしいとは思わない」

 掌にも、温もりが落とされる。瑠偉は紅潮した。目尻に涙が溜まる。

 どうしようもない。

 どうしようもなく、各務が好きだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スラスラと読めて情景がスッと入ってきました。各務と瑠偉の関係と触れ合いもどこか官能的でありながらある種の清潔感を感じさせ受け入れやすいです。 [一言] 二人が互いの愛を確認し確信しながらも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ