二十一、
コンコン、というノックの音に、瑠偉はびくりと身じろぎした。扉を開けると各務が、白地に紺の流水模様が染め抜かれた浴衣を着て立っている。
「入れてくれるかい?」
「はい」
古今東西、邪悪なものは、家の主の許しがないとその中に足を踏み入れることが出来ないと言う。瑠偉は、不意にそんなことを思い出した。そしてそんな連想をした自分を責める。各務は決して邪悪などではないのに。
各務が瑠偉の手を取り、姫君に接するように恭しくベッドまで導いた。ベッドまでの距離が、遠く感じられた。いや、短くかもしれない。各務が瑠偉をベッドに座らせると、自分もその隣に座った。それから二人は、昔話をした。ぽつ、ぽつ、と雨粒のような言葉を交わしながら、隣の熱を感じている。どこかで花の蕾が膨らみ、開いた音を聴いた気がする。無論、瑠偉の幻聴だ。実際には自分の声と、各務のテノールが響くだけ。蝉も今夜は大人しい。
ふと、会話の途切れた時、各務が瑠偉を押し倒した。あ、と瑠偉は思う。その倒し方は非常に穏やかで、乱暴な印象は欠片もなかった。上から各務の声が降って来る。
「僕の瑠偉。僕だけの花、僕だけの小鳥」
他の男性が言えば歯の浮くような台詞でも、各務が言えば深く、詩的に感じられるから不思議だ。こんなに傲慢な言葉を言われているのに怒る気になれないのは、各務の表情がとても辛そうだからだ。優しく触れなければ壊れる硝子細工のようだ。瑠偉は各務の浴衣の袖をくん、と引っ張って、各務も横になるようにした。顔と顔が触れ合うくらい近くにある。そのことに、自らのしたこととは言え動揺し、瑠偉は紅潮した。各務がそんな瑠偉を見ている。
「私、お兄様が好きです……」
「寝台の上で、不用意な言葉を出すものではないよ」
「でも、事実ですから」
さらりと前髪を掻き上げられる。唇に唇が押し当てられた。にいさ、と言う声の続きは封じられて口づけはより深く。深海魚を探り当てようとするかのような口づけには強い熱情が感じられた。
「お兄様……っ」
「瑠偉が悪いんだよ。僕を招き入れたりするから。相応の覚悟があると思われても仕方ない」
「……」
「でも、今晩はここまでにしておく。……瑠偉を愛するかどうか、僕はまだ決めかねている。きっと、いや、絶対に、瑠偉の為にその道は避けるべきなんだろうけれど」
「わ、たしは、」
乱れた呼吸を整えながら、瑠偉は涙目で言い放った。
「いつだって、貴方なら、良いのに」