二十、
それから、パラソルの下、二人は無言だった。砂袋のように重い無言ではなく、吹く風のように儚い無言だった。何かで押さえつけていなければ、瑠偉にしろ各務にしろ、飛んで行きそうに二人の沈黙は不確実で未来予測のつかないものだ。テーブルの下、各務は瑠偉の手を握った。瑠偉の鼓動が撥ねる。
テーブルの上であっても、恐らくは良かった筈だ。下であったことが、瑠偉にある種の疚しさを覚えさせた。そして、どうして自分がそんな感情を抱かなければならないのかと、理不尽にさえ感じた。全ては瑠偉自身のせいで、また、各務のせいでもあった。
これからずっとこんな風なのだろうか。
瑠偉の想像はゾッとしないものだった。そうした状態を、人は地獄と呼ぶのではないだろうか。各務の指が、細くしなやかな生き物のように動く。瑠偉の親指の下、盛り上がった丘を撫でる。たったそれだけの行為にぞくりとする。くるくると、各務の指は旋回した。その度に、瑠偉の顔はどんどん紅潮していった。
「お兄様」
か細い、悲鳴じみた声にも、各務は頓着しなかった。柏木が来たらどうすれば良いのだろう。どうもしなければ良いのだ。平然とした態度を貫けば、テーブル下の悪戯はばれないのだから。だが、瑠偉にその自信はなかった。
「僕の姫君は困った人だ。全て下賜すると告げながら、手の一つで怯えた小鹿のようになる。だが、そこがまた愛おしい」
言葉の間も指は動き続ける。くるくる。くるくるりと。瑠偉はひたすらに翻弄される。はあ、と音が明瞭に聴こえる溜息を各務が吐いた。
「瑠偉には解らないだろう。僕は今、天国と地獄の両方にいる。そうさせたのは、瑠偉だ」
「ごめ、なさ、」
「ううん。謝ることじゃないよ。罪びとは正しく僕のほうなのだろうから。清らかな瑠偉を唆し、たぶらかした。瑠偉。今夜、一緒に寝るかい」
その誘いは今の瑠偉に様々なものを喚起させた。改めて自分が言ったことの重みを知る。
「何もしないよ。瑠偉の嫌がるような、乱暴は働かないと誓う」
「各務お兄様は、それで良いの。大丈夫なの?」
「瑠偉が腕の中にいてくれたら、それが僕の至福だ」
各務は瑠偉の問いかけに、僅かにずらした答えを返した。瑠偉は生理的な、具体的な男性に関する知識に乏しい。だから曖昧な疑問しか提示出来ず、各務に逃げられた。一方で、瑠偉はほっとしてもいた。それでは良くないと、大丈夫ではないと答えられた時の、言葉を瑠偉は持ち得なかったからだ。
繋いだ手と手は、少しずつ汗ばんできていた。