二、
兄妹の別荘は新しい芸術を意味するアール・ヌーヴォーで内装が飾られていた。花や植物などの有機的なモチーフは皿や壺、ランプシェード、果ては香水瓶に至るまで生活に華やぎと彩りをもたらした。もちろんほとんどが模倣であったが、中には本物もあった。
兄である日暮各務と妹である日暮瑠偉は多忙な両親により、何か事あればこの別荘に送り出される。今回は夏季休暇を利用しての宿泊だ。食事も二人きりで摂り、他、別荘にいるのは執事と使用人だけだった。二人が牛頬肉のシチューを食べている食堂の天井には、アール・ヌーヴォーの代表的デザイナーであるルネ・ラリックデザインの傘を逆さにしたような細かい金細工と白の美しいランプシェードが下がっている。
また、これもラリックデザインの、白い花が左右に咲き乱れるような意匠の香水瓶や、水の流れを淡い不透明の青で表したような香水瓶、一見、素朴に見えるけれど蓋などの細工がよく見れば美しい香水瓶などが食堂の東面に置かれた李朝の箪笥の上に並び、目を贅沢に楽しませていた。
南の開け放した硝子戸から女神の落涙のような日没が見える。その投げかける最後の光は貴重な調度品をより美麗に輝かせていた。
「日が当たりお暑うございましょう」
そう言って執事の柏木が硝子戸を閉めモスグリーンのカーテンを閉めようとする。
水色の単衣を着た瑠偉がこれを止めた。
「待って。夕暮れと夜が入れ替わる一番美しい時だわ。そのままにして頂戴」
「薔薇の香りが食事に邪魔では?」
柏木が眉をひそめる。
「ここまでは届かないわ」
「しかし」
執事が困ったように各務を見る。
妹と同じ亜麻色の髪を持つ各務は細く通った鼻梁の下、形の良い唇に笑みを刷く。
彼は瑠偉と違いごくフランクな洋装だ。
「そのままで」
「――――畏まりました」
「柏木はいつもお兄様次第なんだから」
「そんなことはないだろう。お前の宿題だって、最後は誰に手伝ってもらってる? ん?
僕が知らないとでも思っているのかい、瑠偉」
「……もう」
優しい兄が、自分の我儘を聴いてくれない筈はないと思っていたが、瑠偉は内心、ほっと安堵した。
外気に晒されていないといけない。各務と密閉空間にいてはいけない。
そうでなければ、この胸の高鳴りを知られてしまう。