十九、
各務の顔は無色透明だった。
真顔で一、二回、瞬きする。言われた言葉。告げられた好意を、ゆっくりと咀嚼するように。
「兄として? 男性として?」
「両方です」
低く質され、瑠偉も低く答える。
夏の光に溢れた世界の中、瑠偉と各務のいるパラソルの下だけが蔭って暗く、二人は何かの罰を受けた罪びとのようだった。
「瑠偉。瑠偉。解っているの。それを告げることで僕がどうなるか。解っているの。……僕らがどうなるか」
瑠偉は、兄の言葉をよく吟味して考えた。各務がどうなるか。二人がどうなるか。
結論として、よく解らなかった。瑠偉は只、各務が好きなのだという真実だけが残った。そんな瑠偉を、各務は観察するように眺めていた。
「僕が」
そっと零れた囁きは、蝶の翅の震えのようだった。
「僕が瑠偉を奪うかもしれないということを、考えはしないの」
その言葉の意味が解らない程、瑠偉は子供ではなかった。理解出来た。理解出来たからこそ、困惑した。そんな時が訪れるのだろうか。自分と各務が男女の仲になるなどという、そんな時が。それでも答えに迷いはなかった。
「私を全部、お兄様に差し上げます」
各務の瞳が大きくなる。焦げ茶を帯びた黒い円が綺麗だと瑠偉は思った。そして、瑠偉は自分こそが兄を唆す悪い妹なのではないかと危ぶんだ。なぜなら瑠偉から見た各務は清らかで誠実で温厚で、とても人倫にもとる行為に走るような人ではないからだ。
各務の睫毛が、ひどくゆっくり動いた。
堕天を望むと言った各務が、とても悲しそうな表情でいることが、瑠偉には不思議でならなかった。