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鏡柵の番人  作者: 茶内
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      国王と王女

 第十四代ポエン国王ラゼルビフはクドラ山の事件以降、眠れない日々を過ごしていた。


ベッチャ大尉がクドラ山を襲撃してからもう八日も経っているのに魔証地区の王女と憎魔、監視員の死体が未だに発見されていないからだ。


「国王!ここはこのベッチャにお任せください!憎魔とその王女、ついでに手下どもをまとめて処分してみせます」


 ひれ伏せながらも、まだ何か悪巧みしていそうなベッチャの顔を思い出した。


「くそ!使えないハゲが!」


 こんなことならもっとちゃんとした討伐隊を編成して、それこそ山ごと焼き払うぐらいすればよかった。今となってはもう遅い。奴らが生きているのなら、どこか別の場所で息を潜めているはずだ。自分に仕返しをしにくるのだろうか。


 とにかく何かもかもが裏目に出た気がする。


 不意に扉の向こうから自分を呼ぶ声が聞こえた。オノラト大尉の声だ。


「なんだ!」


 荒げた声を返すと冷静な声が返ってきた。


「ベッチャの部下、クダチが自力で動けるまで回復しました。接見されますか?」


 クドラ山の襲撃で唯一生き残った兵士長だ。普段なら会ってやるわけないが、魔証地区の奴らがどうなったかを直接聞きたかった。


「接見を許可する」


 しかし扉の向こうから返事が聞こえない。「どうした、聞こえなかったのか?」


 するとすぐ返事があった。「・・・彼との接見、私も同席してよろしいでしょうか」


 オノラトも先週の裁判に立ち会っていて一部始終を見ている。


「同席も許可する」


 扉の奥からありがとうございます、とかしこまった声が返ってきた。


※ ※ ※


 クダチとの接見は翌日の午後になった。接見部屋に入ろうとした時、オノラトがラゼルビフに耳打ちをした。


「接見を終えた後、クダチの処遇は如何なさいますか」


「殺せ」


 ラゼルビフは簡潔に答えて接見室を扉を開けた。


 部屋に入ると真ん中に両膝をついて頭を床につけている男がいて、部屋に両隅に兵士が四人ずつ配置されている。ラゼルビフは部屋に入ると上座中央に設置されている椅子に腰を下ろした。オノラトは部屋に入ると扉のすぐ横に配置した。


「面をあげよ」ラゼルビフが鷹揚に言うと、土下座していた男はゆっくりと顔を上げた。


頭と右腕に包帯を厳重を巻いている。歳は四十前後か。見たことある気もするが、そうでもない気もする、どうでもいい顔だった。


「そなたがクダチ兵士長か」


 はい、とクダチが簡潔に返事をした。


「この度は大変な災害に見舞われながらも無事に生還してきた事を嬉しく思う」


「ありがたき幸せ」


 クダチがかしこまった口調で言った。ラゼルビフはクダチから視線を外すと部屋端に立っている護衛兵士に言葉をかけた。


「お主等は部屋から出て行け。余とオノラト、クダチの三人で話がしたい」


 兵士達がざわめいて、一人が声を上げた。「しかしそれでは軍務違反に・・・」


「余の言葉より軍務のほうが大事だと申すのか?」


 ラゼルビフが強い口調で言うと異を唱えた兵士が慌てて首を振った。


「滅相もございません、失礼しました!」そういうと他の兵を率いて速やかに部屋から出て行った。


 接見室は三人だけとなった。ラゼルビフはオノラトに目を向けて顎で指示を出した。


オノラトは頷いてラゼルビフの隣に移動してからクダチに視線を向けた。


「クダチ、八日前のクドラ山での事を包み隠さず説明しよ」


 はい、と頷いたクダチはゆっくりと立ち上がった。


「おい、誰が立ってよいと言った!王の前だぞ!」


 オノラトが怒鳴ったがクダチは気にする様子もなく扉の方にゆっくりとした足取りで歩き始めた。


「どこへ行こうとしてる!止まれ、止まらんと王への侮辱罪で牢に入れるぞ!」


 オノラトの声がまるで聞こえていないようで、扉の前に来たところで体をラゼルビフとオノラトの方に向けた。


「貴様、何を考えているんだ・・・どうなるか分かっているんだろうな」


 オノラトが憤怒の表情を見せる。しかしラゼルビフには怒りの気持ちは消えていた。怒りよりも気味の悪さが勝っていた。クダチが二人の顔を交互に見てから口を開いた。


「あの日、クドラ山では一人残して全員が死にました」


「そんなことは分かって・・・」


 オノラトが途中で言葉を止めたの仕方のないことだった。ラゼルビフも自分の目を疑って息を飲んだ。扉の前にはクダチの姿はなく、魔証地区の王女が立っていたからだ。


「よぉ、ポエン国の王。お互いに不本意な結果になっちまったな」


 直後に銃声が響いた。オノラトが魔証地区の王女に向けて発砲したのだ。しかし彼女は何ともない。弾が当たったのか外れたのかすら分からない。


「悪いんだけど、話の邪魔になるからもうやめてくれるか」


 優しい口調で言われたオノラトは即座に足下に銃を置いて降伏の意を示した。


 それを確認した魔証地区の王女がゆったりとした動作で両腕を左右に伸ばすと、一瞬にして四方の壁が鏡面に変わった。鏡の中の三人が数え切れないほど並んで重なっている。おそらく防魔鏡と同じものだろう。


「邪魔されたくなかったからな。目がおかしくなりそうだったら俺の目を見てりゃ大丈夫だよ」

 

 言いながら魔証地区の王女はラゼルビフの真正面に立って彼を見据えた。


 ラゼルビフは全身から汗が吹き出して両手が震えている。何か言わないと・・・。

 口を開くと声がかすれた。


「・・・魔証地区の王女、この度は申し訳なかった、ベッチャが余に無断で、単独で動いたのだ。奴の愚行を見抜けなくて申し訳なかった」


 魔証地区の王女は軽く首を振った。


「ああ、今回の件は本当に失望してるよ。いま、この瞬間にもこの国をぶっ壊したくて仕方がないくらいにな」


 ラゼルビフが息を飲んだ。この化け物はそれが実行できるのだ。何とか機嫌を取らないと。


「ただな、この国には友の妹がいるんだ。友が死に際に俺に頼んできたんだ。妹を頼む、と」


「妹・・・?」


 ラゼルビフの言葉に魔証地区の王女は反応を見せずに言葉を続けた。


「ワネはよぉ、妹のサーキとの手紙のやりとりを楽しみにして生きていた。きっとサーキも同じだったろう。だから」


 魔証地区の王女は一旦言葉を切った。次に何を言うのか想像つかない。ラゼルビフの喉はカラカラに乾いていて唾を飲み込むことも出来ない。


「これからは俺がワネとして生きる」


「え・・・は?」意味が分からず、ラゼルビフは瞬きを繰り返した。


「ミカバラ国へ連れていければ一番いいんだけど、それは出来ねぇ。だから俺がワネになってサーキを迎え入れて、あの山で一緒に生きていくことにしたんだ。サーキをここに連れてこい」


 この化け物が何を言っているのかさっぱり分からないが、とりあえず今すぐ自分を殺すつもりはないようだ。 


「あ、ああ、今すぐサーキ、さんを連れてくる。オノラト、サーキさんを呼んでこい!今すぐだ!」


 ラゼルビフの声に応じるように鏡面の壁が解かれて普段のものに戻った。しかしオノラトは動こうとしない、顔面が蒼白になっていてラゼルビフに目で何かを必死に訴えかけている。


「どうした?早く行かぬか?」


「王、少しお話をよろしいでしょうか・・・」オノラトの声が震えている。これはただ事ではない。

 魔証地区の王女に顔を向けた。


「すまぬが、少し外で話をしてもいいだろうか?」


「かまわねぇけど、百秒数えるから、それまでに戻ってこい。用意、ドン」


 軽く手を叩いた。その瞬間、右手側の鏡が消えてもとの壁と扉が現れた。二人は慌てて部屋から出た。


「いったい何だと言うんだ!」ラゼルビフが怒鳴った。


「王、実は、実は・・・・・」オノラトはそこで声が出なくなり口をパクパクさせている。


「早く喋れ!時間がない!」


「ワネの妹は、すでに死んでいます」


「・・・!」ラゼルビフが絶句した。


「八日前のクドラ山を襲撃する日の朝、ベッチャが事故に見せかけて殺したそうです」


「クソがっ!」


「どうしましょう・・・」オノラトの顎から汗がポタポタと滴り落ちている。


「・・・生きていることにするんだ。クドラ山には行けない理由を何かつくって、今まで通り手紙のやりとりをさせるんだ」


「そんなの、ばれたら・・・」


「やらなければ今すぐ、国を滅ぼされる!!」


 ラゼルビフは深呼吸をして部屋に戻ると魔証地区の王女は床に座っていた。


「椅子に座って下さってよかったのに・・・」


「この座り方が落ち着くんだ。それでサーキは連れてこれそうか?」


「それが、」ラゼルビフは声が震えないように必死に務めた。


「いま確認したところ、サーキさんは養護施設が運営する学校で大変優秀な成績を取りまして隣国に招待されていて、しばらく帰ってこれないそうなのです」


「へぇ!それはすごいな。いつ頃帰ってくるんだ?」


「それが、そのまま隣国の高等学校に進学するかもしれないので、分からないんです」


「そうか、それは仕方ないな・・・。手紙のやりとりはこれまで通り出来るのか?」


「それは出来ます!」


 不自然に慌てて返事をしてしまったが魔証地区の王女は疑う素振りも見せない。


「それなら俺はワネとしてクドラ山で生きていく。サーキが帰ってくるまで」


 そう言うと部屋を覆っていた鏡面は消失して元の部屋に戻り、王女はゆったりした動作で扉を開けて出ていった。


 ラゼルビフは安堵の息を吐いた。しかしこんな嘘がいつまでもバレないはずがない。明日にでもこの国から去ろう。


 しかし自分の身に危険が及ぶかもしれない中で、ポエン国の寿命が少しでも延ばすための嘘をついた自分はきっと良い王なのだろう、と思った。




第2部 終


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