惨劇
すぐに反応したのはヴォンだった。
足もとの石を素早く拾うと、大きく振りかぶってベッチャに向けて投擲した。
ベッチャの前に盾を持った兵士が飛び出して防がれた。兵士は盾ごと後方に吹き飛ばされた。兵士はあと四人いる。ヴォンは背中から槍を抜いて構えた。
「ワネ、ロンドル、キトを連れてここから離れろ。ここはワタシが請け負う」
「ダメだ!」叫んだのはロンドルだった。「キトは心臓を撃ち抜かれている。運んでる間に死ぬ!」
「クソッ!!」初めて聞くヴォンの怒声だった。
「皇実はないの?」ワネが叫んだ。泣き声になっている。
「見つけられなかった!」ヴォンが怒鳴った。彼自身もどうしていいのか分からない。
「ヴォン、ワネ、あいつらを食い止めてくれ。俺がなんとかする!」そういうとロンドルは立ち上がり、愛馬の方に走り出した。
「あ、ロンドル・・・」
直後に再び銃声が響いた。ロンドルが前のめりに倒れる。
「ゲゲゲゲゲ!お前が王の前でワシの腕を捻り上げた犯人だろう!おい、トドメを刺せ!」
兵士の一人がロンドルの背中に銃口を向けた。直後にその兵士はヴォンの槍によってなぎ払われた。
「えぇい、クソ!まずはあの化け物を殺せぃ!」
直後に激しい銃声が森をこだました。兵士達が一斉に銃を撃ってきた。銃弾はヴォンの皮膚を貫通し、みるみる赤く染まっていった。あんなすさまじい威力の銃は見たことなかった。新しく開発された物か。
ヴォンは全身に銃弾を浴びながらも、その場から動こうとはしない。後ろにワネとキトがいたからだ。
銃撃が激しすぎてワネはヴォンの後ろから動くことができない。
「ええい!全然倒れないではないか!大砲を用意しろ!」ベッチャの叫び声が聞こえた。
その一瞬銃声が止まった。その瞬間にワネが飛び出した。素手だったが、本気で殴れば戦闘不能には出来ると踏んでいた。ベッチャの青ざめた顔が視界に入った瞬間
「ワネ、横に飛べ!」
反射的に横に飛んだ。ワネが直前までいた場所が吹き飛んだ。避けきれず、ワネの左のひじから下が消失した。「ああああ!」草むらに落ちた。ちょうどそこには、ロンドルの愛馬、モココがいた。ワネのえり首を咥えてると、森の奥へと走り去った。
「ゲゲゲ、あのクソガキはどこにいった!?」ベッチャが悔しそうに叫んだ。
「いないならいい!憎魔を殺れ!」
はっ!と大砲を運んできた兵士が返事をしてヴォンに標準を合わせた。
ヴォンは大砲に目を向けたまま「ロンドル」と呼びかけた。「まだ息はあるか?」
微かに返事が聞こえた。
「先ほどお前は何をしようとした?」
「・・・モココだ、モココを連れてきてくれ・・・・」
「あいにくモココは今留守だな・・・」ヴォンは両足を開いて腰を落とした。
直後、ドゥンッと重たい爆発音が響いた。ヴォンの腹が弾けた。彼は膝をつき、ゆっくりと前に倒れた。
「ゲゲゲゲ!憎魔も殺した!このベッチャ様がまたも偉大な功績を残したぞ!死にかけのクソ王女も早く捕らえろ!」
兵士長がとキトの方に向かおうとした瞬間、横から馬が飛び出して兵士に体当たりをした。馬の背中にはワネが乗っている。
「ヴォン!」彼の前までいくと飛び降りた。
「ヴォン、間に合わなくてごめん・・・」ワネが涙を落とした。
「・・・勝手に殺すんじゃない」ヴォンが呟いてゆっくりと身体を起こした。
その様子を見て兵士長達がざわめいて明らかな動揺を見せた。
「ダメだ、やっぱり憎魔は殺せない・・・」兵士長の誰かが呟いた。
「いま発言をした者、前へ出よ!」ベッチャ大尉が怒鳴った。一人の兵士長が前に出た。ブルだった。
「我が隊の士気を下げた罰だ、誰でもいい、ブルを撃ち殺せ!」
ベッチャが周りの兵士に指図した。しかし誰も動こうとはしない。
「このベッチャ大尉の命令が聞けないのか!貴様ら、全員死刑にするぞ!」
貸せ!と近くにいた兵士長から銃を奪い取るとブルに向けて躊躇なく引き金を引いた。ドサリ、とブルは糸の切れた人形のように倒れた。
「こうなりたくなかったらさっさとあいつ等を殺せ!今すぐにだ!」
完全に狂人と化していた。恐れをなした兵士長たちも慌ててヴォンに銃口を向けた。
再び銃撃が始まった。
ヴォンが銃弾を受け続けるが、先ほどと違い、その身体は前後左右に小刻みに揺れている。彼の背中を見て、ワネの感情は爆発した。
「うわあぁぁぁぁ!」叫びながらヴォンの後ろから飛び出して兵士達に突進した。
「出て来た!あいつを撃ち殺せ!」ベッチャ大尉が叫んだ。兵士たちが呼応するようにワネに向けて発砲する。全身に銃弾を浴びても怯まずに前に進もうとする。やがて力尽き、ワネは後ろに倒れた。
「ワネ・・・」倒れた彼を見ながらヴォンは槍を頭上に掲げて大きく振りかぶった。
「おい、槍を投げてくるぞ!守れ!早くワシを守るんだ」
大尉の言葉が終わる直前に投げ放った。槍はベッチョの顔面の数センチ横にずれた。左耳が消し飛んだ。ベッチョはその場にへたり込んだ。
「い、痛い、痛いいぃぃ!クソ!奴は武器がなくなった。早くとどめをさせい!」
鈍い爆発音した。再び大砲が撃たれたてヴォンの胸に被弾した。そのままワネと同じようにゆっくりと後ろに倒れた。
「やった!ついに化け物二匹を殺したぞ!あとはあの男だけだ!近づくな、ここから撃ち殺せ!」
ロンドルはモココの腰の鞍から奇妙な物体を取り出して、キトの前に座り込んだ。
「なんだ?奴は何をしようとしている?」
ロンドルはナイフを出すと、持っていた透明の物体を削り始めて、それをキトの口の中に入れ始めた。
「へへっやっぱり俺はいらねぇから、返すわ・・・・」
「何か妙なことをしている、撃て、撃ち殺せ!」
しかし誰も撃とうとしない。「どうした!ワシが撃てと言ってるのだぞ!」
「恐れながら大尉殿、あの男はこちらを見てもおらず害意もありませんし、ただの人間に見えます。生け捕りにして事情を聞いた方がいいのではないでしょうか?」
「そんなこと考えなくていい!ワシが撃てといったら撃つんだ!」
一人の兵士がロンドルに銃口を向けると、突如彼の横にいた馬が突進してきて体当たりをした。「クソ!馬の分際で!」ベッチャがモココに向けて三発続けて発砲した。モココは嘶きながらロンドルのもとまで辿り突き、彼の前で倒れた。
「ありがとよ、モココ。俺もすぐに行くからよ・・・」
黙々と透明の物体をキトの口に入れながら呟いた。
「ほら、邪魔な馬も死んだぞ!あの男に銃弾をくれてやれ!」
ベッチャ大尉の命令により、再び銃声が鳴り響いた。
ロンドルは複数の銃弾を浴びて、ゆっくりと倒れた。
先ほどまでの喧噪が嘘のように、静寂に包まれた。
「・・・やっと全員死んだか・・・」
ベッチャ大尉が安堵の息を吐いた時だった。
ボウッと光が灯った。
いつの間にかキトが立っていた。全身が淡く発光し、胸の銃弾痕は綺麗に消えていた。
「な、な、なんだ・・・?」ベッチャ大尉が当惑の声を出した。
少女は周囲を見回して、三人と一頭を見つめた。ヴォン、ロンドル、ワネ、そしてモココ。
「いなくなった・・・」少女の声だった。静かで冷たくて、兵長達はその声を聞いただけで身体の自由がきかなくなった。
「我の大切なものが、全部なくなった・・・・」
ベッチャの顔面は汗にまみれているが、さきほどまで狂ったように連呼していた命令を発せることができない。完全に彼女の姿に呑まれている。
「もう残す必要はない。全部終わらそう。全部、綺麗に」
その時だった。
「キ・・・ト」
足もとから彼女を呼びかける声がした。
「ワネ・・・」キトの意識が足下に向けられた。その瞬間、ベッチャ達の金縛りが解けた。
ベッチャ大尉はすぐに部下に向かって小声で指示を始めた。
「着火式爆弾の準備は?」
「今からです」
「急げっそれと早くここから離れろ!」
少し前に開発されたこの新兵器は最低でも半径50メートルは離れないと危ない。
あの化け物の意識が逸れている間に少しでも距離を空けなければ。兵士長二人が後ろの馬車に走り、荷台から大きな箱を持ち出してきた。中から砲台を取りだしてキトに照準を合わせた。
「キト、もし君が許してくれるのなら・・・お願いが、あるんだ」
「ワネ・・・」キトは逡巡した。ヴォンとロンドルを殺されて、ワネももうすぐ死ぬ。この世界になんの価値も見いだすことは出来ない。もとより許すつもりはない。それでも、ワネの言葉は最後まで聞こうと思い、続きを促した。「ワネ、お願いてなに?」
「僕の妹を、頼みたい・・・」
「妹・・・・」そうだ。彼には妹がいたのだ。そのために彼はこの場所での不当な扱いを、長く耐えてきたのだ。キトに出来ることがあるならば、そちらの方が重要だ。滅ぼすより守ることの方が。
「分かったよ。なんとかする」
「あ、りが・・・」ワネのまぶたがゆっくりと閉じられ、その身体から力が抜けていった。
キトはワネの身体を抱きしめた。「我の方こそ、ありがとう、楽しかったよ」
ベッチャ大尉の声が響いた。
「撃てぇ!」
とてつもない爆発音、キトに狙いを定めて放たれた砲弾はベッチャ達のすぐ目の前で止まった。空中で。
「・・・あらら?」ベッチャ大尉は自分と目が合った。あんぐりと口を開けている。いつの間にか目の前に巨大な鏡が現れて、それが砲弾を受け止めていた。
「・・・・逃げろぉぉぉ!!」
ベッチャ大尉が叫びながら身体を反転したがそこにも巨大な鏡。兵士達が左右に散らばろうとしたがやはり鏡。いつの間にか四方全て鏡で覆われていた。
「あ、あぁ・・・」そのうめき声がベッチャ大尉の最後の言葉となった。
次の瞬間、全ての鏡が消えて、全てが吹き飛んだ。
ベッチャ大尉と兵長達は肉片になった。




