別れの宴
「まぁ、こんな感じだよ」
ヴォンが話し終えたタイミングでキトがおどけた口調で言った。
「・・・・・」ワネとロンドルはしばらく黙っていた。
「まぁ、そんな反応になるよね、うん、我は父を殺したワケだし、ドン引きするの仕方ないよ」
「ワネ、ヴォン・・・」ロンドルが低い声で呼びかけた。
「お前たちすごいじゃないか!お祖父さんの仇を取って、この国が攻め込まれるのも防いだってことだよな!」
「まぁ、そういうことだな・・・」ヴォンが頷いた。
「キトはそんな見た目なのに、すげぇんだなぁ」
「まぁ、成長したらもっとすげくなるけど?」キトは満更でもない様子だ。
「この国の王と話すって約束してたよな?何を話すつもりなんだ?」
キトとヴォンが顔を見合わせてキトが言った。「次は我が話すよ」
キトがワネとヴォンを順に見た。
「我たちはミカバラ王国に戻ることにしたんだ」
「え・・・」ワネが短く声を漏らした。
「ヴォンと話し合ったんだ。そろそろ戻る時だろうって」
「そんな・・・」
「そうかよ・・・残念だな」ロンドルが冷静な口調で言った。
「それで、いつ戻っちまうんだ?」
「明日、ポエン国王に会いにいって話をして、トロッツを引き取ったらそのまま行くつもりだ」
「そうかぁ、寂しくなるな」ロンドルがため息を吐いた。
「ワネも何か言っておくれよ。寂しいじゃないか」キトがおどける口調で言った。
「うん、寂くなるよ、本当に寂しい・・・」視界が滲んだ。
皆が無言になった。
沈黙を破ったのキトだった。
「ねぇ、前に我が言ったことを覚えているか?」
「えっと、なんだっけ」ワネが首を捻った。
「ワネとロンドルも一緒ミカバラ王国に来ないかって話だよ」
「ああ・・・」確かにそんな話をしたことがあった。
「本当にそんなこと許されるのか?」ロンドルが訊いた。
「もちろんだ。それとも悪名高い魔証地区の住人になるのは嫌かい?」
キトがイタズラぽい表情をロンドルに向けた。
「俺はモココさえ連れていけたら全然かまねぇけど、ワネはどうするよ?」
「うん、気持ちはすごく嬉しいけど、僕はここに残るよ」
「えぇ、どうして?」キトが不満の声を上げた。
「妹のことか?」
ヴォンの言葉にワネは頷いた。
「いや、だからそれは皇実が見つかり次第妹に与えるって言ったじゃないか」
しかしワネは小さく首を振った。
「少し前にサーキから手紙が届いたんだけどさ、施設でたくさん友達ができて毎日がすごく楽しいんだって。その生活を守ってやりたいんだ」
「ミカバラでもきっと楽しくなると思うのにぃ」
キトが口を尖らせたが、ヴォンに「姫、諦めることも大切だ」と諭されて渋々といった様子で頷いた。
「ワネが残るんなら俺もここに残って配給を続けるよ」
「そうか、残念だけど仕方ないな」
ヴォンが頷いた。キトはむくれて何も喋ろうとしない。そんな次期王女にワネが話しかけた。
「キト、ミカバラ王国を再建して落ち着いたら、遊びにいかせてよ」
「ムリ、帰ったらすぐに結界張るし」キトが鼻を鳴らした。
「姫、器が小さすぎるぞ!結界を解除する日を決めて、その時に会おう。ワネ、ロンドル、それでいいか?」
「もちろんだ」ロンドルが即答した。
「僕もそれでいいよ」ワネも了解した。
「ほら、姫からもなにか言わないと」ヴォンに促されて、渋々といった様子でこちらに顔を向けて
「・・・五百日」ぼそりと言った。
「え、何が?」ワネとロンドルが同時に聞きかえした。
「今日から数えて五百日後に結界を外すよ。その時にここで会おう」
「なんで五百日なんだ?」ロンドルが訊いた。
「五百日以内にミカバラ王国を再建するっていう決意表明だよ」キトが言った。
「さすが姫だ。ワタシも全身全霊をかけて手伝うよ」
「それじゃヴォンはちゃんと五百日数えていてね」
「え、それは面倒くさい・・・」優秀な兵士が渋い表情をつくった。
「俺たちも間違えないようにしないとな」ロンドルがワネの肩に手を置いた。
「さぁ、話もまとまったことだし、飯の支度をしよう!」
味見しかしてなかったキトがむりやり話をまとめた。
※ ※ ※
宴会とは名ばかりの今までと変わらない夕飯だったけど、今まで一番美味しい食事に感じた。
「今日の夕飯、すごく美味しいな」
「え、そうか?いつも通りじゃねぇか?」ロンドルが素っ気なく言った。
「美味しいのは我が味を細かく見たからだよ」キトが胸を張った。
「それは関係ないとして、こうして四人で食べるのはしばらくなくなるからだろうな」
ブルルルと背後からわななきが聞こえた。
「失礼、四人と一頭だ」ヴォンが速やかに訂正した。
「ワネ、五百日後は妹を連れてきてくれよ?」
「うん、もちろんだよ」ワネの返答にキトが笑顔で頷いた。
「こういうことあんまり言いたくねぇんだけどよ」とロンドルが切り出した。
「俺は今までクソみてぇな人生を生きてきたんだけどよ、今この瞬間が最高だと思うよ」
「そうだな、種族間の垣根を越えた素晴らしい時間だ」
「ワネは?もちろんワネもそう思ってるよね?」キトがワネに訊いた。
「うん、僕はいま、すごく幸せだよ」言ってからワネは一拍置いて「あっ」と短く叫んだ。
「どうした、ワネ」ロンドルが訊くと、ワネは自分の口を押さえながら三人の顔を交互に見た。
「幸せて言葉、生まれて言ったかも・・・」
キトとヴォンが顔を見合わせて笑い、ロンドルは目元を両手で隠した。「ったく、おかしなことを言ってるんじゃねえよ・・・」
ワネも思わず笑ったその時、銃声が響き渡った。
何事かと周囲を見回した時、キトの身に異変が生じていることに気づいた。彼女の右胸辺りに親指大の赤い染みができていて、それがみるみるうちに胸全体に広がっていった。キトは驚いた表情のままゆっくりと真後ろに倒れた。
直後にけたたましい、発狂といっていいほどの笑い声が響いた。
「ゲゲッゲゲゲ!見たか!魔証地区の王女を殺ったぞ!このベッチャ様の開発した新型銃の威力を見たか!ゲーッゲッゲッゲッゲ!」
醜く肥えた男が、頬肉を揺らしながら全身で喜びを表していた。




