ゴラス国王
キトの父であるゴラスは生まれつき気性が激しく、歴代の王の中でも最も好戦的だと言われていた。
自分から他国にケンカを売るようなマネをして、抵抗してきたら徹底的に叩きつぶす。そんな行為を何度も繰り返した。
ゴラスの率いた兵隊は屈強で、どの国も歯が立たなかった。その強さには理由があった。
ミカバラ王国にのみ自生している皇実の力だ。これを摂取した者は身体能力が飛躍的に向上し、おまけにどんな大怪我を負っても回復するという、まさに神の力を宿したものだった。しかしこの果物は栽培が不可能で、一度実が採れた場所からは二度と実らず、見つけるのが困難で、年に一個採れれば良いと言われるほど希少価値の高いものだった。
それ故にミカバラ国では王族への貢ぎ物として長い間貢献されてきた。王族もむやみに食べずに乾燥させて保存していた。
この実を初めて外部に出したのはゴラスの父、ロロだった。彼は当時交流していたポエン国に四年に一度開催される親善試合の際に贈与していたのだ。
ゴラスにはそれがどうにも納得いかないことだった。どうして我が国でも希少な皇実をあんな脆弱な国に渡さなければならないのか。父に文句を言っても「自国ばかりを強くしても、発展には繋がらない」と言うだけだった。冗談じゃない、よその国に不相応なものを与えるほうがよほど無意味だ。ゴラスは、自分が王になったら即座にポエン国との交流を断ち切るつもりでいた。
しかしそんなことを考える必要はなかった。ポエン国が突如、ミカバラ王国に宣戦布告をしたのだ。
報告を受けたゴラスは舌なめずりをした。これで大義名分を得たのだ。交流を切るどころか滅ぼしてやろう、と息巻いた。
しかしろロロ王は迎撃態勢を取らない命令を出した。
ゴラスには理解不可能な命令だった。しかし王の命令は絶対だ。従うしかなかった。
理由はすぐに分かった。ポエン国の人間はミカバラ国の空気を吸うことが出来なかったのだ。戦争は始まりすらしなかった。拍子抜けもいいとこだった。
ゴラスは父が国を空けている隙にポエン国に攻め込んでやろうと考えたことがあった。
あんな国を滅ぼすのに半日もかからない、と息を巻いていると、ロロ王はミカバラ国とポエン国を繋ぐ穴に強力な結界を張って塞いでしまった。
「ポエン国がまた変な気を起こさないように」と理由を述べていたが、実際はゴラスに勝手なマネをさせないための処置だった。その証拠に、ロロ王は息子に結界の張り方と解除の仕方を教えようとはしなかった。ゴラスの父への不満は日に日に蓄積されていった。
※ ※ ※
やがてロロが王の座をゴラスに譲ると宣言した。ゴラスからすれば遅すぎるほどだった。
軟弱な精神だった父と違い、自分は他国をどんどん攻め込んで吸収していこうと考えた。それでも手強い国は多くある。さてどうしようかと考えた。すぐに案は出た。戦力上位の兵士達に皇実を摂取させればいい。皇実を摂取した兵士が二百人もいれば必ず最強の国をつくれると確信していた。
この決定を隠居した父には言わずにおいた。どうせ反対されるに決まっている。自分はクソみたいな国に皇実を献上していたくせに。
次の問題は皇実の生産だった。栽培が不可能なのは分かっていた。ならばどうするか。
辿り突いた案が皇実の成分を徹底的に分析して、それに似た成分を別の物から抽出する、というものだった。ミカバラ国で最高の頭脳を持つ研究者を呼んで、人工の皇実をつくるように命令した。反発されないように彼らの家族を人質に取り、期限まで結果を出せなかった時は即座に殺す旨を伝えた。研究者達は目の色を変えて日夜研究に没頭した。
半年後、それが完成した。いくつか植物から抽出して調合したものに皇実をひとかけら入れれば近い効果が得られるというものだった。しかし代償があり、人工皇実を摂取した兵士は一年過ぎた頃に副作用が発症し、苦しみ抜いて死ぬ、というものだった。
当然ゴラスには何の関係なく、その時の戦争に駆り出された兵士達に人工皇実を惜しげもなく摂取させた。一年後に死ぬなんて屁でもない。次の戦争の時に新しい兵士を集めればいいだけの話なのだ。当然兵士達にゴラスの考えは知らされていなかった。
それからのミカバラ国の強さは壮絶で、みるみるうちに国を制圧していった。
ゴラスは、自分がミカバラ王国の歴史に於いてもっとも偉大な王になったのだと確信した。
もはや誰も文句を言えなくなったゴラスに異議を唱えたのは元王にして彼の実父であるロロだった。ゴラスが領地を広げている間は何も口出しせずに孫娘と遊んでいたくせに今さらなんなのか。
「ゴラス王よ、もうやめろ、貴公は間違っている」
ゴラスは余裕たっぷりな態度で応対した。「何故ですか、父上。私はこの国をかつてないほど豊かにしています。あなたも知っているでしょう?街には今までなかった多くの食料、資源が溢れている。これは私の力です」
しかしロロは息子を冷ややかな目で見つめている。
「ゴラス、お主は私に隠していることがあるだろう」
「はて、なんでしょうか?」
「皇実のまがい物を兵士達に与えているだろう。それを摂取した兵士たちは戦争が終わったあとに妙な死に方をしている。皇実のまがい物のせいではないのか」
「はて、意味が分かりませんな。兵士たちが死んだのは流行病が原因です。非情に残念ですが、いま生きている兵士達のことを考えていきましょう」
そう言ってゴラスはその場から離れた。あの男もさっさと殺したほうがいいな、と思った。
二日後、側近の女に命じて、ロロの飲み物に人工皇実の粉末を入れさせた。老人が摂取させると効果が出ないで即座に副作用が出るという研究結果が報告されていた。
効果は抜群で、ロロは二日後に体調を崩して床に伏せ、七日後に静かに息を引き取った。
まったく、隠居後は孫のキトの面倒だけを見てれば死なずに済んだのに、最後まで愚かな男だった。
ロロに長年仕えていた老兵士が、彼の本当の死因を嗅ぎ回っていたので、こちらも自然死を装って殺した。これでゴラスに逆らう者は誰もいなくなった。
仮に少しでも不満を口にした国民などがいたらすぐに処罰の対象にした。
女、子供の区別はしないで平等に罰した。恐怖による支配、これがゴラスにとって一番しっくりくるやり方だった。
ゴラス政権になって五十年余りが過ぎた。近隣の国を軒並み制圧をして、退屈な日々を感じていたある日のこと、ふと思い出したことがあった。
ポエン国の事だ。あそこはロロの張った結界によって長年守られていたが、確か結界は張った者が死ねば消失するはずだ。つまり今なら無条件にポエン国に突入できるということだ。
今の地位を手に入れたゴラスからすればポエン国など相手にする必要もない。しかし我が国かつて宣戦布告した罪を見逃していいということにはならない。
仮に当時の王がすでに死んでいるとしても落とし前はつけるべきだ。
それにポエン国を侵略しておけば、いつかそこを拠点として向こう側の世界制圧に乗り出すことも出来る。ゴラスはとにかく、戦争、制圧、虐殺がしたくてたまらなかった。
ゴラスは人工皇実を摂取させた二百名の兵士全員を連れてポエン国へ繋がっている洞窟に向かった。弱小国にミカバラ王国の最強布陣を連れていく必要など当然ない。なんなら十人いれば事足りるだろう。ゴラスは圧倒的な戦力を見せられて失望絶望に支配された表情を見るのが何より好きだった。それを見るためなら何を犠牲にしてもかまわないと思っていた。
目的地について、ゴラスは目を向いた。洞窟には結界が張られたままだったのだ。
「バカな、どうして・・・」
呟いた時、背後から「閣下!」と呼ばれた。振り返ると目の前に自軍の鎧を着た兵士が片膝をついて頭を下げている。
「なんだ」動揺を悟られないように、威厳をまとった声を出した。
「報告させて頂きます。ここから西に五十陽ほど離れた場所に、この結界を張った人間がいるとの情報が入りました!」
「・・・誰からの情報だ?」
「はいっ!近くに住む村人が手紙を預かっていて、行軍中に手渡されました。特に閣下宛とは書かれてなかったのでワタシが開封し、中身を確認しました」
「間違いない情報だな?」
「はい!ご案内します!」そう言って兵士は馬を西へ走らせた。ゴラスもあとを追った。
辿りついたのは見渡す限り岩場で、巨大な岩が転がっている他には何もない場所だった。
「なんだ、ここは・・・」ゴラスが呟いた。
「こんなところに本当にいるのか?」案内した兵士を怒鳴りつけた。
「はい、間違いなくここに結界を張った人物がいるとのことです!」
この時、ゴラスの中で違和感が生じた。
―――あの兵士、何故あんなに自信を持っているのか。
これで情報が間違っていたらあの兵士は罰を受けることになる。当然だ。このゴラス王に無駄足を踏ませたのだから。なのに奴からは焦りも怯えも感じられない。
「おい、貴様―――」
「閣下、いました!あそこです!」
ゴラスが声をかけたのと同じタイミングだった。兵士が指した方向に目を向けると岩場の上に人の姿があった。全身をマントに包み、顔も包帯でグルグル巻きにされている。
「撃ち殺せ!」ゴラスが怒鳴った。後ろに控えていた兵士の一人が前に出て銃を構えた。
ミカバラ王国軍の中で一番腕の良い狙撃手だ。標準を合わせて引き金を引いた。
銃声が響いた。銃弾はまっすぐ標的の顔に向かっていった。
―――命中する!
しかし命中する寸前、標的の顔の前に四角い鏡が現れて、銃弾を弾いた。
あれは・・・結界だ!あんな細切れにした状態のものを出せるのか!?
殺せはしなかったが、これであの包帯男が結界を張った犯人だと確定した。包帯男は身をひるがえすと、背中を向けて走り始めた。
「逃がすな、追えぇ!」
ゴラスの号令に反応した兵士達が馬から降りて岩を上り始めた。
ゴラスもしばらくその様子を見てから上り始めた。ここまで案内してきた兵士はゴラスが命令を下す前から岩場を上り始めていたので一人だけだいぶ先に進んでいた。
ゴラスの胸の中で妙な違和感が渦巻いている。何か嫌な予感がする。
※ ※ ※
巨大な岩をいくつも乗り越えると、今度は砂場の平地になった。そこで包帯男は待っていた。
ゴラスの号令のもと、二百人の兵士がグルリと囲んだ。ガチャリと兵士の何人かが銃口を向けた。包帯男は近くで見ると予想以上に小柄だった。
「貴様、まずは顔を見せよ」
ラゴスが包帯男に命令を下した。すると言われたとおり顔の包帯をゆっくりとほどき始めた。徐々に顔が見えてきた。
周りがざわめき始めた。誰も声を発さないが、お互い顔を見合わせている。無理もなかった。
包帯男はラゴスの一人娘だったのだから。
※ ※ ※
「キト、なんのつもりだ」ゴラスが娘を睨みつけた。キトも父の顔を睨み返した。
「お父様、お訊きしたいことがあります」
「却下だ。なんのつもりだと訊いた」
「・・・お祖父ちゃんを殺したのは、あなたですか・・・?」
「何をバカなことを言ってるんだ。父は老衰で死んだのだろう」
キトはうつむいて、そのまま黙った。
「キト、あの結界を張ったのはお前なんだよな?なぜそんなことが出来た?」
「お祖父ちゃんが最初に倒れた時、私はすぐに呼ばれたのです。『ゴラスに毒を盛られた。我はもう助からないから結界の張り方を教える』と」
「奴はなぜお前に結界の張り方を教えたのだ?」
「『自分が死んだらポエン国の結界が消える。そしたらキトはポエン国に入って、そちら側から結界を張り直せ』と言われました。お祖父ちゃんは最後にこんなことを言ってました。『ゴラスはミカバラ国の歴史に於いて最悪の王になる。自分の欲望のためなら娘を殺すことも厭わないだろう。だからポエン国に避難して幸せになれ、と」
胸の奥で怒りの感情が渦巻いた。最悪の王?何を言ってる。最高の王の間違いだろう。しかし多少は正しいことも言っている。確かに自分の聖務のためなら、娘の命だって惜しいとは思わない。さっきから随分と反抗的な目をしている。許されることではない。
「キト、それならお前はどうしてまだミカバラ国にいる?脆弱な国に逃げなくて良かったのか?」
「・・・うちたかったから」
何か言ったようだが、よく聞こえなかった。
「うん?なんと言った!?」
「お祖父ちゃんの仇を討ちたいって言ったんだ!」
キトが叫んだ。そのすぐ後に「ヴォン!」と叫んだ。一人の獣人の兵士がキトに駆け寄った。ここまで案内した奴だ。
「撃て、撃ち殺せ!!」ゴラスが兵士に命令した。しかし誰も撃とうとしない。それはそうだ。 王国の姫に銃を向けることすら抵抗があるのだ。撃つなどもってのほかだ。
「王が撃てと言っておるのだぞ!」
それでも誰も撃とうとしない。ゴラスは近くにいた兵士に銃を向けて、躊躇することもなく彼の頭を撃ち抜いた。
「次に私の命令を聞かなかった者は随時射殺していく。撃てぃ!」
ようやく銃声が連続して鳴り響き、それがしばらく続いた。
「やめぃ!!」ゴラスの号令で銃声が止んだ。そこでゴラスが見たのは、自分の周りを結界で囲んで無傷のキトと獣人兵士の姿だった。結界の周辺にはたくさんの銃弾が散らばっている。
ゴラスは怒りの余り歯がみしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「キト、結界の力はたいしたもんだな。しかしこの後はどうする?これから私たちは、少しの兵を残して城に帰る。水と食料をここに持ってこさせてもいい。要はお前らは飢えて死ぬか、結界を解いて銃で死ぬかのどちらだけだ。投降はないぞ」
ゴラスの死刑宣告を聞いたキトは薄く微笑んだ。
「お父様、どうして私があなたを、ここまで連れてきたのか、考えなかったのですか?」
言いながら両手を広げた。
「・・・なに?」
まったく考えてなかった。当たり前だ。結界を張っただけの相手に警戒などする必要はない。
「馬や植物を殺したくなかったからです。死ぬのはあなたと、あなたに騙されて一年後に死の苦しみを味わう兵士達だけで十分」
広げた両手をパァンと顔の前で合わせた。
急に妙な風が吹いた。見上げるといつの間にか分厚い雲がうごめいている。空一面に広がっていた雲が徐々に集まり始めた。
「まさか・・・」ラゴスの記憶の中にある現象と一致する。我が父の最強の業、壊炎だ。
見たことがなかった。雲が一つの巨大な固まりとなった。このあとにどうなるか知っている。しかしどうすれば生き延びられるのか分からない。
雲の固まりが炎に包まれた。それだけで見ていられないほどの熱を浴びた。
「ぎゃああ!」「あついいいい!」「逃げろぉ」
兵士達が口々に叫び逃げまどった。
―――もう無理だ。ゴラスはキトに目を向けた。ちょうど目が合った。娘は今も憎しみを込めた目でこちら見つめている。
「まさか、娘に足下をすくわれるとはな・・・・」
すぐにでもあの炎の固まりが落ちてくる。ここから見える一帯をすべて焼き尽くす。
今わの際だ。何か言い残さなければ。娘に何か、なにを言えばいいか。
「このクソガキがぁぁぁぁぁぁ!!」
炎の塊がゴラス王と精鋭部下を凪いだ。
※ ※ ※
ゴラス軍を丸ごと焼き払ったキトは体内の至神氣を使い果たして動けなくなった。ゴラス軍の生き残りが襲ってきた場合を考慮したヴォンはキトを肩に担ぐと、結界の消えた洞窟を通ってクドラ山に入った。
「姫、結界は張り直せるか?」
キトは首を横に振った。「ムリ、力を使い切っちゃったよ」
「了解した」とヴォンは言って辺りを見回して近くに生えてた細い木を引っこ抜いた。枝と葉を几帳面に取り除いて細長い棒をつくると、それを洞窟の前に刺した。
ヴォンはそれを結界の擬態に模した。
「ヴォン、それじゃ見た目だけだから、触られたらすぐばれちゃうよ?」
「姫の力が回復するまでの間だから、これで大丈夫だ」そう言ってヴォンはキトを近くの木の前にそっと下ろした。
その後にヴォンは皇実を探しにミカバラ王国へと戻った。
そしてその数時間後、キトは鼬熊に襲われた。
―――ああ、これはもうダメだ。ヴォン、ごめん。
キトが死を覚悟した時、銃声が鳴り響いた。
 




