4、喧嘩の仲裁を生業にはしたくない
「そんなことがあったんですね。」
観崎無天は自身の膝の上にいる三廻部生を見てしみじみと言った。
「まぁね。」
部室の中に何とも言えない空気が流れ、沈黙がより私を悲愴させる。
「すまないがもう一度聞くぞ。魔法はあると思うか?」
「…はい。」
その返事は普通あの話を聞いただけならば決してはいとは言えないものだった。だが回想の時のあの真剣な顔、眼差しから信じざるを得なかった。
「そうで…あってほしい。少なくと…も僕が居な…くなるこの一年…間はね」
会長の呼吸がどんどん荒くなる。そう言えばあのナイフは右胸に刺さっていた。浅かったとはいえ比較対象は昨日の傷だ。もしかしたら肺にまで穴を開けていたやも知れない。
「会長!大丈夫ですか?!」
「心配…しなくても…大…じょ…う…」
ガクッ…
「会長!会長!目を覚ましてください会長!いやぁ!」
一通り体を揺すぶり、涙を流し、叫んだところで観崎無天ははたと思い出す。そう言えばこの人不死身じゃなかった?と。ここまで無意味に叫んだ自分が恥ずかしくなり顔を手で覆い隠す。
死んでから一分。頬まで伝った涙が乾き、ようやく悲愴感も乾いてきた。
死んでから二分。自分の空騒ぎのせいで、溜まった疲れが今更出てくる。
死んでから三分。還ってくる気配が無く、少し心配になる。
死んでから四分。まだ還ってこない。もしかして…。
「嘘でしょ会長…。不死身って言ってたじゃないですかぁ…。魔法はあるって言ってたじゃないですかぁ…。早く還ってきてくださいよぉ!」
「…うぅ…。」
死んでから五分。
「君、苦しいよ。」
折角止まった涙がまた出てきた。さっきとは比べ物にならない程に。悲愴感よりも安堵の感情が前のめりに出てくる。疲れは吹き飛んだが、多分この後どっと出るに違いない。
「心配したんですよぉ!全然還ってこないから!」
「ごめんね。この魔法は一度あの世に逝ってから強制復活させられるようでね。復活までに五分ぐらい掛かるんだ」
「そういうことは最初に言ってくださいよ!」
「いや~、ごめんごめん」
会長はにへらと笑顔で平謝りをした。観崎無天は安心したのか力が抜け、ペタンとお尻を床につけそのまま立てなくなってしまった。
「立てるか?」
「すいません。手を貸してもらってもいいですか?」
「構わないよ」
会長の手は大きく、とても温かかった。とても不死身には思えないほどに。観崎無天はそのまま三廻部生の肩まで貸してもらい、そのまま少し紅く彩られたソファにまた座った。
「一つ質問いいですか?」
「どうぞ」
「その魔女の足取りってどのぐらい掴めたんですか?」
「え?」
「ですから、足取りですよ。会長、その魔法解くのに六年ぐらい奮闘してる訳じゃないですか。どのくらい進展したのかなって」
「…実はね、言いにくいんだけど、僕はこの六年で数十回数百回と死んだわけだがそんな中でちょっと天国に逝くのに嵌まっちゃって…その…快感なんだよね。天国に逝く瞬間ってのが。だから…その…」
「え?治したくないってことですか?」
「いや、いつかは治したいよ。そう魔女にも啖呵切ったしね。」
「いや、無理でしょ。なんですか。その異常なM気質は」
「違う!決してそうじゃない!天国に逝った時の開放感が素晴らしいんだよ。君もやってごらん。嵌まるから!」
「私死ぬじゃないですか!」
折角手伝おうとした観崎無天の意気はすっかり消沈し、三廻部生をただの変態と見る他無かった。
そんな時後ろで部室のドアの開く音がした。
「あれ?新入部員さん?」
観崎無天はその話し声がした方を振り向くと思わず瞳孔が開く。その人は昨日の殺人鬼。いや、殺人姫と言うべきか。生徒会長を殺したあの女子生徒が居た。
私は本能的に死にたくないと悟った体に引っ張られ、その場から逃げようとするが抜けた腰が、元に戻らず、そのまま床へと転げ落ちる。
「あ、そう言えば刹姫のことまだ話して無かったね」
「もしかして闇宵の奴、また何かした?」
「ああ。そのまさかさ。しかも入学式にね」
「あちゃ~。道理で一階に生徒が少ないわけだ。」
昨日自分を殺した相手と談笑している会長を私はただ単に凄いと思った。同時にこの女子生徒に疑問を抱いた。さつきのことを話して無かった、やよいの奴何かした、二人の名前が出たということは今ここにいる女子生徒と昨日の女子生徒は別人か。でも顔は瓜二つ。…双子か?
「会長。この人は…」
「紹介するよ。彼女は疒尸刹姫。このミス研の部員だ。」
「昨日の女子生徒と似てるんですけど、もしかして双子ですか?」
「いえ、同一人物よ」
女子生徒が笑顔で答える。でもその笑顔が怖かった。私は慌てて腰を戻し会長の後ろへと隠れる。
「安心して闇宵みたいに殺そうとはしないわ。ま、闇宵もあなたを殺そうとはしないけどね」
「どういうことですか。やよいって一体…」
「あのね、私、二重人格者なの。闇宵っていうのは私の二つ目の人格なの。滅多に出ないけどね」
それを聞いて納得し、安心した。二重人格者。その発想は無かった。ただもう一つまた新たな疑問が浮かぶ。
「あの、その闇宵さんが私を殺さないってどういうことですか?」
「それは僕が説明しよう。彼女は独占欲が異常に強くてね。僕を殺して自分のモノにしたいらしい。所謂メンヘラ?とか言うやつみたいだ。」
そう言われるとあの場の全員を皆殺しにしようとする快楽犯とは違い、一人《生徒会長》に固執して刺していたような…。
「信じてくれた?」
女子生徒…いや、疒尸刹姫はこちらに迫ってそう聞いてくる。だが、会長の死ぬ前に言っていた信じすぎるなという言葉のせいかどうも信じられない。もしかしてこれはここに入るための試験とか言わないよね。いや、さっき快感ついでに自分に掛かった魔法を教えてくれた会長だ。あるかもしれない。
「まさか、生に何か吹き込まれた?」
「え?」
「簡単に返事するなとか、人を信じすぎるな的な」
この人、予想以上に鋭い。おっとりした外見からはとてもじゃないが予想出来ない。
「返事しないところからして本当のようね」
またも当たる。この人の勘の良さは少し怖い。
「い~き~る~、アンタ新入部員に何吹き込んでるのよ!」
「いや、僕は簡単に返事するなとは一切言っていない」
「とは?じゃあ人を信じすぎるなってのは言ったのね」
凄い。剣幕と猛追だけなら会長を上回り、寧ろ、タジタジにさせる程だ。当の会長はズバズバ当たるこの推理に思わず無言になる。
「さっきも言ったでしょ?返事しないのは認めているのと同じよ」
「いや、別にそういう訳じゃ無ああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」
小さい部室に響き渡る会長の背骨が壊れ行く音。疒尸刹姫は警察の捕縛術さながら三廻部生の額を机に擦り付け右腕を引っ張る。ただ、腕を引っ張っただけでボキボキ言う会長の背骨もどうかと思う。
「まだ入ったばっかの子に何、考え込ませてんのよ!そうやって去年も部員入んなかったんでしょうが!」
「去年は生き返ったらビビって帰ってっただけで…」
「当たり前でしょうが!」
「イタタタタタタタタタタ!」
「ふっ…あははははははっ!」
思わず笑ってしまった。まるで夫婦漫才を見ているようで。でもそのお陰か場が和み、いつしか全員が笑っていた。
「さっきは疑ってごめんなさい。これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。あそこの怖い部長に何かされたらすぐ言ってね。三倍にして返してあげるから」
「おい」
「フフッ」
昨日はあんなに怖がっていた相手なのに、今じゃ談笑すらしている。心から楽しいと思える。まだ部活してないのに、部活動がメインの筈の話なのに部室入ってから三話も部活してないのに、この状況が楽しい。これから部活が始まると思うと嬉しくて溜まらない。
そう思っていたら待ってましたと言わんばかりに部室のドアがまた開く。
「生先輩!体育館裏の方で三年生が喧嘩してます!」
「またか…。仕方ない。よし行くぞ!」
「え、どういう事ですか?」
「それは走りながら説明する。とりあえず来てくれ!」
そう言うと会長は部室を飛び出し、問題の体育館裏へと向かう。会長を呼び出したあの人は部室に来るまで大分走ったのか、盛大に息切れし部室前で壁に凭れかかっていた。
案外足が速い会長に頑張って並走して、言われた通り聞いてみた。
「会長、これってどういうことなんですか?私達ミス研ですよね?なんでこんな喧嘩の仲裁みたな事…」
「創部時代はこの学校相当荒れてたらしくて盗みがよくあったんだって。で、僕らの前の先代らがかなりの切れ者らしくて、ちょくちょく犯人を言い当ててたらしいの。それが年を経て、どんどん便利屋みたいな扱いに変わっていったっていうワケ。」
「そんな私達そういうのやりに来た訳じゃ…」
「ああ。勿論ミス研としての部活はやるよ。ただ、伝統的にこういうのもやるよってこと。大丈夫、今日は見てるだけでいいから。」
「嫌かもしんないけど喧嘩の仲裁はそこまで無いし、それにほとんど私の仕事だから」
観崎無天はこれから部活が始まる楽しさと、思っていたのと違う仕事があることの煩わしさが同棲する頭の中で、「治安悪いな、ここ。」と思っていた。




